橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
この正月、大雪になった。二日の日は福井へ里帰りする筈だったが、この雪で行けずじまい。4日、5日と予定されていた部活動も、テニス場が雪に埋もれて中止になった。その分、家でゆっくり読書やビデオやインターネットを楽しむことができた。
私は雪国(福井)の生まれだから、雪は珍しくない筈だが、こちらに出てきてもう25年以上になるから、雪とのつきあいも随分少なくなった。今年のような雪はほんとうに久しぶりである。
落ちてくる雪片を見ていて、ふと宮沢賢治の「永訣の朝」を思い出した。金子みすずの生涯を描いたドラマを見た後だっただけに、よけいに気になって、さっそく本棚を探し、去年故人となった畑山博さんの「わが心の宮沢賢治」という本を見つけ、引用された「永訣の朝」を読み返した。
永訣の朝
けふのうちに とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ (あめゆじゅとてちてけんじゃ) うすあかくいっさう陰惨〔いんさん〕な雲から みぞれはびちょびちょふってくる (あめゆじゅとてちてけんじゃ) 青い蓴菜〔じゅんさい〕のもやうのついた これらふたつのかけた陶椀〔たうわん〕に おまへがたべるあめゆきをとらうとして わたくしはまがったてっぽうだまのやうに このくらいみぞれのなかに飛びだした (あめゆじゅとてちてけんじゃ) 蒼鉛〔さうえん〕いろの暗い雲から みぞれはびちょびちょ沈んでくる ああとし子 死ぬといふいまごろになって わたくしをいっしゃうあかるくするために こんなさっぱりした雪のひとわんを おまへはわたくしにたのんだのだ ありがたうわたくしのけなげないもうとよ わたくしもまっすぐにすすんでいくから (あめゆじゅとてちてけんじゃ) はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから おまへはわたくしにたのんだのだ 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの そらからおちた雪のさいごのひとわんを…… ……ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまってゐる わたくしはそのうへにあぶなくたち 雪と水とのまっしろな二相系〔にさうけい〕をたもち すきとほるつめたい雫にみちた このつややかな松のえだから わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらっていかう わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも もうけふおまへはわかれてしまふ (Ora Orade Shitori egumo) ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ あああのとざされた病室の くらいびゃうぶやかやのなかに やさしくあをじろく燃えてゐる わたくしのけなげないもうとよ この雪はどこをえらばうにも あんまりどこもまっしろなのだ あんなおそろしいみだれたそらから このうつくしい雪がきたのだ (うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる) おまへがたべるこのふたわんのゆきに わたくしはいまこころからいのる どうかこれが天上のアイスクリームになって おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
1922年11月27日、憲治は妹に「あめゆじゅとてちてけんじゃ」と頼まれて、降りしきる雪の中に、<まがったてっぽうだま>のように飛び出して行った。ところで、苦しい息の下で、どうして妹は憲治にこれを頼んだのだろう。それを憲治は<わたしをいっしょうあかるくするために>だと考えた。
死ぬといふいまごろになって わたくしをいっしゃうあかるくするために こんなさっぱりした雪のひとわんを おまへはわたくしにたのんだのだ ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
悲しい詩である。そして、なんともうつくしい詩である。この詩の中には、不思議な明るさがある。この明るさは魂のそこから兆してくるきよらかな明るさだ。ハイデガーが主著「存在と時間」のなかで、「存在の明るみへの脱自」と呼んだものが、この詩のなかに美しく語られている。
(参考サイト) 宮沢賢治 http://www.cypress.ne.jp/why/index.html
|