橋本裕の日記
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2001年08月14日(火) 囲炉裏と尻枕の文化

 昨日は家族で福井に帰省して、田舎にある菩提寺に墓参りに行ってきた。そこには祖父や父が眠っている。田舎の父の家はもともと村の庄屋も務めた大きな屋敷だった。そして私が小学生の頃まで、祖父と一緒に長男の一家も暮らしていて、大勢で墓参りしたものである。

 やがて長男一家が家を棄てて、ブラジルに移住した明くる年、大雪で屋敷が潰れた。そして倉で生活を始めた祖父も数年後には他界した。その家を父が継いでいたが、私たちは福井市の家にそのまま住み、そこから休日には山仕事に通った。今は父も死んで、倉もなくなり、屋敷跡は千坪ほどの空き地になっている。

 福井の私の家にはかってカマドがあった。そこで御飯を炊き、魚などを焼いていた。ところが、山の中にある祖父の家に遊びに行くと、生活の中心に囲炉裏があった。囲炉裏の火を囲んで、家族が座り、食事をしていた。

 鍋の中には山と川の幸が放り込まれ、手頃に煮えたところで、それを祖父が私の椀の中によそってくれた。町育ちの私には、囲炉裏のある生活は珍しく、それはまるで異境に来たような体験だった。

 私は町ではカマドを使い、田舎では囲炉裏を使うのかと思ったが、そうではなくて、もともと囲炉裏は縄文時代からあったところに、カマドが弥生時代になって入ってきたようである。したがって縄文文化の色濃い東日本や山間部の集落には、最近まで囲炉裏を中心とした暮らしがあった。

 現代はガスコンロや電子レンジの時代である。しかし、寒い夜など、ときには食卓のコンロを囲んで、家族で鍋料理を食べたりする。そんなとき、ふっと祖父の田舎の囲炉裏の風景が浮かんだりする。

 こうした暮らしは、私たちの遠い先祖である縄文時代にまでさかのぼるのだろう。竪穴式住居の中で、彼らは囲炉裏を中心にして、それこそ一つ屋根の中で肌を寄せ合って暮らしていたようだ。

 縄文時代の住まいは、平地を30センチ程円形に掘り込んで柱を立て、草や木の皮を覆う、堅穴式住居だった。発掘された遺跡によると、彼らの住居は小さく、円の直径は4メートル弱から6メートル位らしい。

 囲炉裏のまわりに夏には干し草を敷き、冬には毛皮でも敷いて、家族が肌を寄せ合って休んでいたようだ。厳しい寒さの夜は親が子を抱いたり、子供同志が抱き合い、膝を曲げ、体を丸めてお互いの体温を確かめ合うようにして眠りについたことだろう。

 東北の南部地方に「尻枕」という風習があったという。正月の夜に家族が囲炉裏を囲んで横になり、尻を枕にして寝るのだそうだ。縄文時代の人々も、ときにはこうして親も子も尻枕で、おたがいの肌のぬくもりを頼りにして眠っていたのかも知れない。

 現代の日本人の多くはエアコンの完備した個室にすみ、ベッドで体を大の字にして眠る。縄文時代といわず、ほんの数十年前と比べてみても別世界のような快適さだが、しかし、膝枕や腕枕、尻枕と無縁の世界に住む私たちが、昔の人とくらべてどれだけしあわせか、疑問なしとはしない。

 10年前に父が他界して、田舎はさらに遠くなり、今は年に一度墓参りに訪れるだけである。屋敷跡の空き地を眺めながら、かってそこにあったいまは亡い無数の人たちの暮らしを思い、しばらく感慨にふけった。

(参考サイト) 「縄文の世界・生活と文化」


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