橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
最低だった森さんと、最高の支持率を誇る小泉さん。支持率のこの違いはどこからもたらされたのだろう。やはり個人的なイメージが大きいと思われるが、もう一つ大切なのは、権力に正当性があるかないかということだろう。
小渕さんが倒れた後、自民党のごく少数の実力者の間で実質的に首相に祭り上げられた森さんに比べて、小泉さんは自民党の党員による公開選挙で本命であった対抗馬を破っている。しかも圧倒的多くの党員に支持されての登場であった。
さらにその過程がマスコミによって大々的に国民に知らされた。自民党の内部の選挙であるにも関わらず、私たち国民も何となく選挙に参加したかのような錯覚を抱くことができた。国民の意向にそって選ばれた首相というイメージがあって、支持率も高くなったのではないかと思う。
一般に、権力の正当性を保証する条件として、� 峽兮垣�」�◆屐雰鎧�的)実力」��「(平和的)人気」の3つが考えられる。たとえば、戦前の天皇制を支えたのは日本であれば「万世一系」という「継続性」である。弱肉強食の横行する戦国時代であれば、「実力」がものをいう。織田信長や豊臣秀吉を考えれば納得できるだろう。
現代の民主主義の原理は、「人気」を重視する。そしてこれを公正な選挙によってはかるのである。もちろん、家柄や実力がある候補者は人気もあるから、この三者は関連している。たとえばシーザーなどは、家柄もよく、しかも人気が高かった。しかし、彼が最終的に権力を握ることが出来たのはやはり、彼の所有する軍事力の圧倒的な優越だった。その意味で古代ローマは平和な民主国家とはいえない。
とはいえ、私は現在の民主主義の原型、とくにアメリカ型の大統領制の原型はローマ帝国にあるのではないかと思っている。ローマ皇帝はその権力の正当性を、ローマ市民の支持に多く負っていた。貴族主義の色濃い元老院に対抗するためにも、皇帝はその支持を一般市民に仰ぐ必要があった。
ローマ皇帝の平時における役割は、市民に「パンとサーカス」を供給することだった。そして地方に反乱が起きたときには、彼ら市民を軍人として戦場に率いて、みずからその指揮をとることが普通だった。その意味で、ローマ帝国においては、市民=軍人であったわけで、市民の支持を得ることは、すなわち軍事力を握ることでもあった。「実力」と「人気」が融合していたのである。
さて、話題を日本の政治に戻そう。小泉首相の支持率が高いと言っても、日本の世論は熱しやすく冷めやすい。国民が選んだ首相と言っても、それはマスコミによって演出された虚構であり、正式なものではない。その権力の基盤は案外もろく、前途多難が予想される。
民主主義の基本はなにかと言えば、「自分たちのリーダーを自分たちの手で選ぶ」ということである。世襲的な王制や、軍事的な独裁制のもとでは、それは不可能である。しかし、民主主義を国是としている我が国で、「首相公選制」が実現できないのは不思議なことだ。
|