[ 悪魔との再会 ] 2012年10月29日(月)
おや、サタンの若殿さま
‥‥と、この呼び名はいけないんでしたね、
どうなさったんです、久しく見ないうちに
ずいぶんと──お太りに、いえその、
ずんと厚みが増されたようですが。
そりゃ、あなたがどんな姿にも自在に変われる事は
よっく存じあげておりますけれど。
それにしたって、昔はあんなに薄い文庫に
小さな文字でぎゅうぎゅう詰めだったのに、
今じゃこんな大きな文字でゆったりと行間も空いて、
らくらくとしたご様子のぶん、ずっしり厚くなって。
いえ、本当ですってば。
そんなにおっしゃるなら比べてみましょう。
すっかり黄ばんで指がかさかさしますが、私の手持ちの
『ファウスト(一)』(著/ゲーテ 訳/高橋義孝 新潮文庫)では
初版発行が昭和四十二年で311頁、
現在書店の店頭に並んでいる新潮文庫
『ファウスト[一]』は381頁で、訳は同じなのに
ほらね、二割も厚くなっている!
改版は平成二十二年、
なあんだ、つい最近じゃあありませんか。
もしかして集英社の新訳版を意識されました?
いえ、いいんですよ、当節は見た目でもとっつきやすいほうが。
行間が広がったぶん振り仮名もたくさん振れますし、
馴染みのなくなった言葉を少しわかりやすく
例えば「埒(らち)」を「柵」に置き換えたりして、
‥‥あれ?
己がある刹那に向かって、
「とまれ、お前はあまりにも美しい」といったら、
なんと、博士のあの契約の言葉までマイナーチェンジ!
私が知っているのは
「とまれ、お前は本当に美しい」
たしかに、ずいぶん読みやすくなったという評判です。
でもねえ、我が昔馴染み、メフィストーフェレス。
いくら当世風に工夫を凝らしてみたところで、
結局あなたは博士の魂を
手に入れる事はできないのでしょう。
努力する人間は救われて、
努力する悪魔は損をするなんてねえ。(ナルシア)
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