誕生日を迎えると、いつもの癖でこういうことを考えたりする。「自分について」 まとまらないままに徒然と語っておこう。
自分は、まだまだだと思う。まだまだっていうのは、人生の経験値のこと。酸いも甘いも悟ってきてない、甘ちゃんだと思う。ただ「甘ちゃん」って名乗ると、自己弁護の防衛意識が働いているようで、「私、甘ちゃんだから〜」と言い訳の代名詞になるから使うのやめた。 要は、ここまで生きてきて、こうも人の気持ちを思いやったり、理解することに疎いのは、恥ずかしい限りであると思っていること。ほんとは、まだまだっていうこと自体、未熟さをあらわしているかもしれない。人としての魅力ゼロである。これは自分が考える、理想と思う人間を基準としたもの。だけど私も人であるから、厳密にはゼロではない。他人からみた私の良さというものも、多分あるはずだろう。「私はダメだから」の言い訳で、正当な評価を鈍らせることは、私が生きてきたために関わった周囲に失礼だろう。前に記したかもしれないが「あんたはいい子だ」の言葉でどれだけ助けられたか。かと言って、実際に心や身体や実生活で傷ついたり苦しんだことはなく、助けられたといっても、思考上のこと。世間の荒波?にのまれることもなくのほほんと過ごしてきた。だから経験値が低い。若いうちに打たれ強くなっておかないと、歳をとってからのトラブルは対処がつらいかもしれないと思うが、今までのほほんの人生で、急に大殺界になることはないだろうと、のほほんと考える自分がいる。でもまだわかんない。将来の不安、確かにくるだろう老人社会のことを考えると、いくつかの問題の種は既にばらまかれている。果たして私がそれに対応できるかどうか。いや、対応しなければならないから、自分を意識して大人にならなければと思う。だからまだまだといいながら生きていかねばと思う次第である。
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