ととさんの日記

2005年11月18日(金) 文章というもの

昔の日記をチラッと読み返した。うわぁ〜恥の世界がちらほら。自己満足や欺瞞の意識もチラついている。けど、認識力は今よりちょっとだけまじめに取り組んでいる姿勢が見えるかな?現在は、流され傍観の日々、自分の意思を意識しない、自己認識力が衰えているかも〜と。それと、言葉、語彙が、表現が、やはり衰えている。う〜ん、反省。

言葉は砂のようだ。掬い取っても指先からこぼれていってしまう。手のひらに残ったものだけが、言葉として認識される。消えていった言葉にいったいどれくらい大切な感情が含まれていたのだろうか。誰も、自分でさえも、消えていった言葉の声を知ることはない。
そういう風に、文章というものはその残された言葉で成立するのだ。
私達は生きている間にどれだけの言葉を掬い取ることができるだろうか。

私が認識している文字というものの概念。「言葉は砂のようだ」という表現は、昔、読んだ本で、オリジナルな発想ではない。図書館で読んだもので、原典がわかんない。ただその文章が心に残っていて、あとはそれをもとに自分の文章である。

まあ、概念であって、ここ・日記では、つれづれなるままに〜、と感情の垂れ流し的、わけわかんない、且つまとまらない文章ですが。苦笑


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とと

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