ととさんの日記

2005年03月16日(水) 驚いたこと

最近仕事が5時帰りだ。アフターの時間がゆっくり取れるはずだが、なんだかあまりゆったりとした優雅な時間を過ごしていない。いつもあれれ、こんな時間になっちゃった、早く寝なくっちゃ、、、状態である。といっても、寝るのは確実に1時過ぎだ。起きるのは、6時30分から7時の間。乱れた生活習慣である。もっと優雅に過ごしたいなぁ。

本日はちょっと厭な場面に遭遇した。お金の無心の場面である。AさんのもとにBさんが来た。Aさんの手元にあるのは(とある事情で)いつも5.000円くらいだ。その手持ちからAさんは、Bさんに1,000円をあげた。するとBさんはAさんのお財布に手をだしてさらに500円を取り出してもらっていいかを聞いた。合計1,500円。Aさんは承諾をした。
私はその時傍にいたのだが、最初はそのAさんとBさんの関係がわからなかったので、それを???と見ていただけだ。しかし、、、あとで、それはお金の無心だと知った。
驚いた。Aさんはお金が有り余っているわけではない。不自由にしてる経済状況でもないが、私的感想を言うと、裕福ではないと思う。そういう人からお金を貰って帰るBさん。しかもたった500円という額を自らむしり取る人間像に唖然としてしまった。
最初にAさんが渡した1,000円という額。ちょっとした昼食代だが、Aさんの手持ちは確実に減る。Aさんも余裕で渡したわけでないとは思うが、そこからさらに500円のお金を貰い受けた行為。許せないというより、そのさもしさ、卑しさに驚愕してしまった。
AさんとBさんの関係はわからないが、他人の私にその授受関係をどうこういう権利もないし、どうこう云う気もさらさらない。
しかし、少ないお金の中から1,000円を渡そうとしたAさんの気持ちを、踏みにじるような卑しさだと、私は感じてしまったのだ。
たぶんAさんは全額欲しいといわれても、bさんにあげれるという気持ちのうれしさが勝さると思うかもしれない。
しかし私は、Aさんの個人的な喜びより、bさんのさもしさのほうで厭な気分になった。確かに万単位なら感想は違ったかもしれない。百、千円単位だったから、そんな小額のお金さえもAさんから貰おうとしたのにびっくりしたのかもしれない。そう思う私は、1円を拾い集めるような生活を経験したことがないせいかもしれない。
ただ、お金に給する人がさもしいといっているのではない。Aさんが渡そうとした気持ちより、金額を優先したさもしさを厭だと思ったのだ。とにかくそういう人がいることにびっくりしたのだ。


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