引きこもりという響きは、なんと甘い誘惑なんだろう。 引きこもり、それは幸せで不幸。不幸で幸せ。 それは麻薬みたいにきっと中毒になる。
逃避と知って、それにすがる。 いや逃避じゃない、自分自身を傷つけずに逃がす為に必要な選択。 いや、選択じゃなく、それしか道がないから。 周囲の恐怖から身を隠す道。
最初はいい、いつでも戻れるとそう思っている。 安全地帯へ一時的な避難だと思っている。 でも、ほんとはその時点からもう戻れない。 だって、全てを捨てているから。 しかも、自分から捨てたのだから。
周囲との繋がりを絶って、自分を救うなんてできっこない。
手遅れになる前に、手遅れになったらおしまい。
人に優しくされるのは嫌い、だってそれは屈辱だから。 そう思っている。 だから、引きこもったが最後、どんな周囲の呼びかけにも、応える耳を持っていない。 向けられた呼びかけにも、目をそむける。 そんな状態に、何も声は届かない。 でも、微かな記憶が自分を保つ為に心の奥底に潜んでいる。 きっと貴方だけはこんな時も私とともにいるはずだと。 それは確信ではない、信念でもない。 心の中で見え隠れしているもの。 不信と格闘している希望というものかもしれない。
※この引きこもりは、私自身が考えるものであり、社会で云われる引きこもり現象とはちょっと意味合いが違うものです。
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