日記
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幼い頃から このことばが好きだった。 この漢字の持つ 強さ 潔さ うつくしさに 惹かれた。
このことばが 似合うような人間でいたい なりたい そんな風に。
ずっと思っていた。
日本語の ことばの持つ意味はとても深くて 美しくて あたたかく (私は日本語以外の言語については全く無知だけど。) 日本語って世界で一番素晴らしいとか勝手に思ってる。
7ヶ国語くらい自由自在に操る人間が言うならともかく、 日本語すら不確かであやふやなオンナがこんな事言ってても 全然説得力無いんだけどさー。ま、いいか。
とりあえず2002年になったらしいけど 私の日々の流れにはあまり特別な影響もないし関心もあんまりない。 でもね、お年玉貰っちゃったからとりあえず喜んどかないと!ワーーイ!! 「今年まで」なので!!ワーーイ!!(寂しい・・・・)
年賀状まだ一枚も書いてないや・・・・・。(バカ!)
暦の上で一年の始まりだからって 「今年の目標」なんて掲げるのも馬鹿馬鹿しいので (注:だってすぐ忘れちゃうんだもーーん!) そんな大袈裟な真似はやめておこうとは思うけれど。 まぁ目標なんてものは常々心がけていることが一番大切。 それを年初めにあらためて心に誓うのもそれはそれでよろしいのでしょう。 ひとそれぞれ。
私は50歳になったら *着物の似合う *お料理上手な 女になっている予定であると一応記しておく。 つーかそんな長生きする予定もないんだけどな・・・・・。 だからって「今年の目標」にするには無理がありすぎるし 期間を長めに設定しておいた方がよさそうだ、という気持ちの表れです。
いや、単に祖母から(一昨日) 「真理子さんも社会人になったら着付けとお料理の教室に通いなさいね。」 とやさしく諭されてしまって暫し眩暈がした、などということが あったような無かったような。いやあったんだけど。
着物を着てる女性を愛でる(眺める)のは好きだ。 あのなんともいえない色気がいい!茶髪不可! でも自分で着るとなると話は別・・・・・。 成人式で懲りた。着物は苦しい。辛い。 食べ物もろくに喉を通らないし・・・・・。
そんなわけで友人の結婚式やらに振袖で出席する気は全く無い。 料理食えないじゃん!!! だから私に着物は当分必要ないと思うんだけどさーーー。 そりゃ演劇や歌舞伎やらちょっとした集まり(?)なんかに着物でお出掛け! なーーんて優雅な生活、楽しいかもしれないけどあまりに現実味が無さ過ぎる!
しかし着物で生活してたら痩せそう・・・・・・。(食えなくて。)
若いうちって、いかにも「着物に着せられてる」って感じで 絶対似合わないって思うけど、 ある程度の年齢になって着物の似合う女性になれたら かなり格好良いかなーー、なーんて 憧れは、無きにしもあらず。
ま、これはあくまで長期的な目標のひとつということで・・・・・。
まぁ、言われたのが「着付けと料理」だけで良かったと思わなきゃなぁ。
祖母は昔お華の先生をやってたこともある人で、 母親も当然幼い頃から茶道華道書道みっちりお稽古通わされて 茶道の先生の免許も一応持ってる人だ。 着付けやお料理はある程度大人になってから通ったみたいだけど。
でも元来活発だった母親の性にはあまり合わなかったみたいで、 おかげで私は母親が「先生と相性が悪くてどうしても続かなかったピアノ」 だけを、通わされる(?)事になったから良かったのか悪かったのか。 その母親はといえば近年は40過ぎてから始めたテニスに没頭していて 試合とかも出てるし。 もうお茶もお華もほったらかしだけど。 茶道の延長で一時期はまっていた陶芸も、今は気分じゃないみたいで。 「テニスが出来なくなった時、あらためて楽しむ趣味。」にする予定らしい。
でも母親がそんな性格でほんと良かったんだろうなーきっと。 一応中学生くらいから時々、「お茶かお華始めてみない?」とは 言われていたものの「絶対イヤだ」と言えばそれ以上強要されなかったし 無理矢理通わされてたら最悪だった。ピアノだけで充分! 茶道だけは中学のクラブ活動でちょっとかじったけど 全然面白くなかったしもう忘れた。お菓子食べられるのが楽しかっただけ。
そんな私には日本人の雅なこころなど 理解するのはえらく時間のかかるはるか遠き道程のように思います。
とりあえず手近なところから。 「なるべく自炊しよう(和食中心で。)」 こんなかんじで。 うん。これならいつも思ってることだから大袈裟じゃなくっていいね!
この日記も、細々と続けていこうかなーと思ってます。 マイペースでね。
この場所(エンピツ)で出逢えた素敵な人への 感謝の気持ちも 別に年があらたまったからって わけじゃないけど いつも思ってることだけど
「ありがとう」を。
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