日記
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2001年07月15日(日) 例えば、死ぬ準備について。

子供を産んでいたらもう2歳になっている筈。
だから何?
ううん。何でもない。
そんなことを考えたって何にもならない。知ってる。
だって毎日うだるように暑くて。
どうにもならない事を。



この土日は都内某所で ”キ○ン 氷○果汁”キャンペーンの
(伏字にする意味あるのかしらね?↑)
超短期バイト。立ちっぱで疲れた〜。
はっきり言って別に美味くないよ。
開けた時缶が「パキベコッ」ってなるのが特徴。
ちょっと楽しい。




私は強い。
小さい頃はずっとそう思っていた。
人前で決して泣かない私は
何かといえばすぐに涙を流す周りの女の子達より、強いんだって。

大人になるにつれ、大きな間違いに気付く。
自由自在に涙を操り、道具の一つとして必要な場面で絶妙なタイミングで
自らの意思で便利に使う事が出来る
そんな女がきっと一番強い。

私はどうやったって彼女達にはかなわない。


「人前で泣いたことのないそんな強気なあなたでも」  
    
   from ミスチル ”mirror”


高校生の時に繰り返し聴いたこの曲が、今でも私の心に響く。




「かわいげのない子ねぇ」  それは母の言葉。

小学校6年生。私の2度目の転校。
次の地へ赴く為に、学校へ車で迎えに来た家族。
私はたくさんの荷物を持って・・・・。
そう、皆からの手紙や、プレゼントや、思い出。
車に乗った。笑顔で手を振った。
皆泣いていた。クラスの女の子全員が、泣きじゃくっていた。
男の子も何人か泣いていた。先生も泣いていた。

私は最後まで泣かなかった。(私が泣いたら、お父さんに悪い)そう思っていた。
かわいげのない子、と言われるのは心外だなぁ。
そう思ったが何も言い返したりはしなかった。




こないだは墓の話を書いたから、
今日はその続き。
自分が死んだ後の事、誰もが考えた事くらいあるだろう。
自分一人がこの世からいなくなっても、周りの世界は今まで通り淡々と時を刻む。
その事にかすかな恐怖を覚えた記憶は誰の胸にもきっと存在するのだろう。

子供の頃は、死にたいと思った時
(=自殺したい ではない。私の中には自殺という選択肢は無いので。)
手紙を書かなきゃ、と思った。
周りの人間に。

私を支えてくれた全ての人達へ

「今までありがとう。」
「私はあなたの事は忘れない。」
「私の分まで幸せになって下さい。」


それはきっと、自分の存在を忘れずにいて欲しいという傲慢な願いの表れ?

何かを残す事で、この世に私が生きていた記憶を誰かの心の片隅にでも
留めていて欲しい?時には思い出して欲しい?忘れ去られるのが恐い?



大人になるにつれ

何を残すか、ではなくて
いかに何も残さないかという事を考えるようになった。

例えば、明日私が死んだら

遺品を整理するであろう両親に、「見られては困る」ものはたくさんある。

死んだ後に不本意に自分の評価を下げるような・・・・・って言うか
美しい思い出の妨げになるような醜いものを目の当たりにして
別の意味で両親を悲しませるような事には、あまりなって欲しくないなぁ。


そんな思いから
ある時、少しは片付けた。
手紙とか、写真とか、大人のオモチャ(笑)とか。
               ↑
【注】未使用。私は機械を使用するプレイは嫌いです。



「残したいもの」
子供がいたりなんかしたら、多分、たくさんあるだろう。
と言うか、死ねないよね。子供がいたら。





例えば、明日、私の大切な人が死んだら。

私は泣かないだろう。
でも私は決してあなたの事を忘れたりしない。



変わらずに流れる日常の中で、私はあなたを想って生きる。








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明日は、午後3時にブクロ。
社会人1年目の友人の愚痴を聞いてあげなきゃならんのです。
「ワインのおいしいおみせにいこうね」←メール
初ボーナス(「スズメの涙」by本人)で、奢ってくれるんだそうです。
そりゃもう、喜んで飛んで行きますとも。
愚痴なんか、いくらでも聞いてあげますとも。
久々の2連休だそうで。
「いっぱいありすぎて朝まで話しても終わらないからねっ!」
ハイハイ。
朝までだって、とことん付き合いますとも。


しかし貴重な2連休の2日目を寝て終わる事になるけど良いのかい?


yuri |MAIL

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