今日も!面接でした。うははは。 いくつか集中して受けたので、ここ数日母親の機嫌がいいです。 …なんかそれもどうだろう。
こんな小娘一人のために、 3人のオジサマがわざわざ時間を割いて面接をしてくださいました。 本当に重ね重ねありがたいことです。
最初は面接の時間、自分持つのだろうかと心配でしたが。 話題が本の話になり何を読むのかと聞かれ、 最近は「I波S太郎」の「剣○商売」をよく読むと答えたところから 話の流れが一気に変わり雰囲気がよくなった…。 どうやら面接官のお一人がI波ファンだったようで。 まったく、何が影響するか本当にわからないものです。 まぁ、何度も言ってますがそれが採用に繋がるかどうかは知らん!(爆)
その話の中でひとつ「宗教」について聞かれました。 「宗教」についてひとつどころかふたつみっつひっかかるモノがある私としては(苦笑)、 その話題は凄く答えにくかったです。 一応、浄土宗(多分)なんですけど未だによくわかんないし、 神様だって信じてるし、 神社にだっていくしお寺にだって行くし、 高校はカトリックだったし、大学で一応イスラム教も勉強したし、 仮にもヲタクなんで真言の一つや二つ唱えられるし、 前職の会社でどっかの宗教団体の合宿に参加させられたし、 その所為か実に私の宗教的バックボーンて 煩雑で結構いい加減なモンなんですけど。
何を意図したのかよくわからないのですが、 (なんか過去に問題でもあったんだろうか…。) 自分の信念としては神や仏の存在というものはあってあるのが当たり前なのが基本です。 別に全くの無神論者や現実主義者ではないのですよ。 森羅万象、たしかに世界を動かす、 何か大きな理論を統治する超越的な存在がいると同時に、 多くの存在に御霊、んーっと、精霊っていったほうがわかりやすいのかなぁ、 そういう沢山のもので世界って出来てるって思ってるんです。 神道の考えに近いかも。八百万の神っていうあの言葉がぴったりくる。 ただ例えばこの世に神はただ一人、とか この教え以外は全て嘘だとか贋物という排他的、 かつ抑圧的な考えには反対です。 他の人が何を信仰していようと構わないのですが、 その考えを自分以外の誰か、第三者に押し付けたり強要したり、 それがさも絶対のように言うのはイヤなのです。 こういう理論だよ、考え方だよ、っていうので 理解を深めるためなら全然いいんですが。
宗教ってそこの風土や人々の生活から発生したものだと考えてますので、 とくに異文化を勉強する上では 絶対勉強しなくてはいけないんだろうなぁっと。 知ることによって、その人たちがなぜそういう考え方をするのか、 どうしてそういう行為をとるのかという納得は出来なくても、 理解は出来るからです。 相互理解の第一歩? だから他を力ずくで排他するようなマネは、 その人の育った生育環境、 言い換えれば文化や風習、歴史を愚弄するもしくは否定する、 最終的には人間として愚かな行為だと思ってます。
もちろんそれは自分にも言えるから、 今述べたような私の宗教観も、滅多に人に話すことはありません。 いつも脳みその引き出しに仕舞いっぱなしで、 普段は忘れてます。(笑) 多分古くからの友人にも話したことは無い。 だって、そんな話されたら、こいつ脳みそ痛いんじゃないかって 軽ーくヒクでしょう? いや、日記で書くことでもないんですけどね!(爆笑)
どういう教えがいけないとか、この神が絶対だというまえに、 一番肝心なのは自分の心の中身だと思うんですが。 例えば、死者を弔うにしても、 故人の信仰していた宗教の形式にそって弔うのも勿論大事ですが、 心から故人を思い偲ぶ方がずっと大事じゃないですか。 心がこもってなければ、意味が無いわけで。 人によってやり方が違っていようと、別にいいと思う。 法に触れるとかいうような、迷惑をかけるやり方は勿論ダメですよ!
まぁ、極論言えば実害がなければ
どうでもいいのが本音です。
そこまでは流石に語らなかったのですが、 一応向うは「無宗教」ということで納得したみたいです。 わはは。
でも、宗教って人間、その人格のルーツに関わる事でもあるから、 きっと大事なんだろうなぁ。 実際他の人ってどう捉えているんでしょうかねぇ? こんなこと考えているのは、私だけなのかなぁ。
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