| 2026年09月30日(水) |
It's never too late to mend. |
* 6. 英問英答の「半歩」*
記事の最後で、関先生は英問英答の改善案を示しています。
見かける光景として、質問するのはいつも教師で、生徒は答える一方という授業場面があります。
関先生はこれを、訓練にすらなっていないと厳しく評価します。
改善案の流れは次のとおりです。
・教師が質問し、全員がその質問を繰り返す。 ・指名された生徒S1が質問を言う。 ・指名された別の生徒S2が答える。 ・最後に全員で答えを言う。
質問文は統制されていますが、S1とS2の間には、答えを自分で考えるやりとりが生まれます。
関先生自身は、これを操作練習の域は出ないが「半歩」進んだもの、と控えめに位置づけています。
文法指導の観点からも、この指摘は重要です。
疑問文の語順は必ず教えますが、生徒が自分の口で疑問文を言う機会は驚くほど少ないのではないでしょうか。
関先生の工夫は、問う教師と答える生徒という固定した役割を一部入れ替え、疑問文を言う経験を生徒に取り戻させています。
30年近くたった今、私たちはさらにもう半歩進めるはずです。
たとえば、S1が質問を選べるようにする、本文にない問いを生徒がつくる、生徒が教師に尋ねる場面をつくる、といった工夫です。
大切なのは手順を捨てることではありません。確実に言えるようにしたうえで、統制を一段ずつ外していくことです。
* 7.遅すぎるということはない *
関先生は、これらの指導が1年生からなされていれば理想的だとしつつ、3年生からでは遅すぎるとは思わないでほしい、と記事を結んでいます。
最後に添えられているのは It's never too late to mend. という一文です。
「鍛える」ことは、厳しさの問題ではありません。
生徒が「今、言える」と感じる瞬間を、授業の中に意図してつくっていくことです。
30年前のこの短い記事は、そのことを今も具体的な手順とともに教えてくれます。
* 出典 * 関典明「中3生徒を鍛える授業」(『楽しい英語授業』Vol.10、明治図書、1997年4月、pp.87–90)
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