【引用】規格外氏の言葉
世の中には、「年商100億」「従業員1000人」「全国展開」といった、分かりやすい成功の物差しがある。もちろん、それを目指したい人は目指せばいい。けれども私は、そこに合わせようとはほとんど思わない。
理由は単純で、私が生存したい場所は、そこではないからだ。
振り返ってみると、昔の私は「今いる場所で、どうすればもっと頑張れるか」を考えることが多かった。
しかし長く仕事を続けるうちに、それ以上に重要なのは、「そもそも、どこで頑張るか」だと思うようになった。
たとえば私なら、巨大企業を作ることよりも、個人が変化し、変容し、ある瞬間にブレイクスルーを起こすメカニズムを考えることのほうが、はるかに興味深い。
何十年でも考え続けられるし、膨大な事例を見ても飽きない。言葉を集め、構造化し、別の角度から説明し直すことにも苦痛を感じない。
ここには、私の「生存したい」という意志がある。
さらに重要なのは、その場所で生き残るために必要な能力と、自分が持っている資質がうまくかみ合っていることである。
私はこの二つが重なった場所を、「生存空間」と捉えている。
「ここで生きたい」と思える。同時に、「ここなら生き残れる」とも思える。この二つが高い水準で一致したとき、人は圧倒的なパフォーマンスを発揮できる。
反対に、世間が評価するからという理由だけで戦場を選ぶと苦しくなる。
自分より資本力のある人、営業力のある人、体力のある人、組織運営に長けた人と、相手の得意なルールで戦うことになるからだ。
それではどれだけ努力しても、いつまで経っても消耗戦から抜けられない。
競争戦略を考える際に、自らに投げかけるべき問いがある。
「そもそも、どこで戦うのか」、もっと言えば、戦う場所は、本当に他人から与えられるものなのか。私はそうは思わない。
市場も、顧客も、テーマも、発信する言葉も、付き合う人も、自分が何者として認識されるかさえ、ある程度までは自分で選び、狭め、編集できる。
ならば、世界中のすべての人に勝つ必要などない。
自分が生きたいと思え、自分の能力が最も自然に機能し、長期にわたって資源を投入できる、限定された情報空間や認知空間を見つければいい。
そこで十分な時間を積み重ねれば、他者から見ると「なぜそんなに強いのか」と思われる状態が生まれる。
けれども本人からすれば、それほど不思議なことではない。
負けそうな場所で無理に勝ったのではなく、そもそも負ける気がしない場所を選んだだけだからである。
人生における競争優位は、努力だけで決まるものではない。才能だけでもない。
「どこで生きたいか」という意志と、「どこなら生きられるか」という能力。その交点を見つけられるかどうかで決まる。
勝つために自分を作り変える必要はない。自分が最も自然に強くなれる場所を探し、その場所に資源を集中するだけでいい。
私にとってのキャリア戦略とは、そういうものである。そして少なくとも、自分で選び取ったフィールドに限って言えば、私は他の誰かに負ける気が一切しない。
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