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世間が平穏でない中、今月24日から南仏に行く。行くと言っても、車でひたすら人のいない山中をうろうろして、ひがな冬の光線を求めて、走る。それだけ。 そう言う中で唯一の楽しみは食べることになる。旅の最終日は一端巴里に出て、晩飯を食べることにした。 そこでミシュランガイドの公式頁につないでみたら、あれれ、巴里市内の三つ星(***)がなんと九店になっていた。 Ledoyen, Lucas Carton, Plaza Athene , Taillevent, Arpege ,Grand Vefour , Guy Savoy , Ambroisie , Pierre Gagnaire これはちょっと多すぎやしないか?ちょっと前までは多くて5.6軒であった。
中にはグランベフールのようにシェフが変わり、返り咲いた店もある。返り咲くのは至難の技で普通はあまりないことだ。サンテチエンヌにあった、ピエール・ガニエールは上京し、三つ星を取った。最初、タイユバンに行こうと思い、Eーメイルを書いた。便利になったもので、1年前くらいまではすべて予約は FAXでしていた。ファクスの転送速度がフランスは何だか遅く、KDDに支払う料金は馬鹿にならなかった。それも取れたらいいのだが、断りのFAXもこっち払いに設定して送信するから、大層な出費になっていた。 ところが今年当たりから、ホテルもレストランもこぞってメールアドレスを住所の前に載せ始めたのだ。これは便利だ。さっそくタイユバンに送ったら、やっぱり!断られてしまった。しかし断る文がしゃれている。
「夜は満員(普通三つ星のレストランを一ヶ月前後にとるのは無謀である)です、しかしあなたは慣れてらっしゃるようだから、観光客の集まる夜より、パリジャンが多く集うお昼が良いと存じます。お昼ならお好きな時間を仰せつけ下さい、ご用意いたします」 てな心憎いメールをよこした。結局断ったが、敵もなかなかやるものだ。幸い、アルページュが取れたが、こうあっさり一ヶ月を切った状態でメールをしてとれたとなると、今度は「何だ!はやってないのとちがうか?」と下衆の勘ぐりをしてしまう。 フランス料理界も苦しいのだろう。まず、不況下、日本人が来なくなったろう、アメリカ人もそれどころではない。そうすると、長年代わり映えしない三つ星レストランに変化がないと、フランス人自身も来ない。 だから増やしたのだろう。フランス人は食い物に金をかける。ペンキ屋と大統領が同席する可能性は大である。日本でもようやくそれに近い状態に近づきあるように思えるけれども、やっぱり基本的な値段が違いすぎて、果てしなく難しい。 一客十万円の席には着かないだろう。 フランス人は、一回の晩餐に、金をためて望むことをいとわない。価値観が日本人と違う。日本人は勤勉な民だから、一夜の快楽のために貯蓄はしないのではないか。
日本料理の極みと比べると、フランス料理には、そう多くのレパートリーがあるわけではない。今でも、海にはあまり興味を示さない。”海の発見”は多分100年くらいなものだろう。印象派の画家達の描いている絵の中にも、ご婦人が海辺で海に背を向け読書している作品がある。 だから、いまだに蛸などは、南仏イタリアスペインの一部は食べても、決して都会の高級料理の材料とはならない。ましてや、鯨、老海鼠(ほや)など視界にも入らないだろう。 向こうに行ったら向こうの食文化に従うが、やっぱり最高に洗練されているのは、器・箸など、陶磁器・塗り物 平面立体と変化に富む日本の料理だろう。これに箸の上げ下ろしにからんで作法が存在する。 フォークに、以下の作法があるか? 箸をフォークに置き換えてくれ。
まよい箸(どの料理から手をつけようかと迷い、料理の上であちこち動かすこと) うつり箸(料理をいったん取りかけて、ほかのものに替えること) ちぐり箸(汁物などのとき、椀の中をかきまぜて中身を探ること) かき箸(茶碗や器のふちを直接口にあて、箸でかきこむこと)
よせ箸(箸で器を引き寄せること) なみだ箸 箸先から汁をたらすこと。 こみ箸 料理を箸で口に押し込むこと。 ねぶり箸 箸をなめること。あるいは、ロ中深く入れること。 たたき箸 箸で器をたたくこと。 にぎり箸 2本の箸をそろえて掌で握りしめること。器を取るときなどにしがち。 箸の頭を親指で押さえると攻撃の意味になる。
ほじり箸 盛りつけを無視して、底のほうにある料理をほじくり出すこと。 すかし箸 骨つきの魚を食べるとき、中骨を通して下の身をつつくこと。
これだけある、どうだまいったか!
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