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昨夜、最終日という事もあって久しぶりに映画を見に行った。弥生座は「ムルデカ」以来である。 映画は、*石侍露堂(せじ・ろどう)監督の 「宣戦布告」 これは現在の日本と北朝鮮の、限りなく現実に近い、シミレーション映画である。 韓国映画の三十八度線国境の板門店を舞台にした、JSAというのがあったが、君らが勝手にもめて勝手に分断してしまったのだから、勝手に悩め!という気持ちで見ていたから、作品の出来はエンターテイメントとしてみたし、ハリウッド映画並に仕上がっていたとは思った、それだけであった。
が、この「宣戦布告」は唐突に200X年、福井県敦賀半島に、国籍不明の潜水艦が座礁、特殊工作員11名が重火器を手に完全武装で上陸するところからはじまる。 半島の背景にはフジツボ型の原発が見える。 ここでもう全身が凍ってしまう。 一級の特殊部隊がもし、手薄なここを狙ったら、周囲何十キロもうどうしようもない。そういう暗示がとにかく最初の数分に描き出される。 ストーリーは別に読んでもらうことにして、いままさに、ここにある危機として、今まで見た映画の中で最も切実で、日本の憲法の矛盾からくる、どうしようもないやるせなさが、現実のものとして突きつけられる、そう言う意味で、かってない映画だった。
平和の中で最前線の経験無く、手伝いに出ていってもいつも兵站を担当し、アメリカその他の前線で戦闘する兵士達の、雲古掃除ばかりしている、現実の自衛隊、と映画の中の自衛隊が重なる。 情け無いくらいに、ばかばか倒される。内一人追いつめてみれば、女だったりする。元死刑囚で大韓航空爆破犯の金賢姫が、その著書の中で、男と一対一でやりあっても負けるとは思わなかったと書いていた事を思いだした。映画の中では豊かな胸が露出し女と分かるが、その後は、当然のように自害する。 途中から特殊部隊が出てきて善戦するも、最後に炭焼き小屋に残った二人ほどの兵士に、ばたばたと倒されていく。 見かねて、戦闘ヘリ≪コブラ≫のバルカン砲とロケット弾を使おうとするが、それもいちいち首相の許可が入り、その度に作戦基地にいる、外務省か何かの使いが、見張っていて、いちいちチェックを入れるのだ。 これは現実の法制度の中でもこうなる。 ロケット砲が火を噴いたときにはかなりな人数がやられてしまっていた。
シャトーマルゴーが好きで、いつでも側に置き飲んでいる、外務省の一馬鹿たれが、女スパイに翻弄され、国家機密書類を閨房での一時の後、見られて情報は北東共和国にながされ続ける。最後はそれを突き止め、逆に偽情報を流し、危機一髪で戦争回避となり映画は終わるのだが、北東共和国が、日本海に向け、軍艦を向かわせ始めると、一気に中国が動き始め、各アジア諸国が動き始め、台湾の周辺があわただしくなる。この辺はリアルで身体が震えた。 共和国が、核ミサイルスタンバイの状態になったとき、首相のいる閣議室の外務省の責任者は、「どうなっても俺はしらない」といって匙を投げる。 現実の外務省だと、本当に言いそうな台詞である。 アメリカの機敏な行動、直ちにステルス戦闘機が、北に向かう、強硬姿勢を見せた途端、偽情報も効いたのか、共和国は突然踵を返して、Uターン、戦争は回避される。 現実も、まさにこれ以外何の選択肢も無いだろう。「拉致家族にごちゃごちゃ言うようだったら、戦争するか」と言われれば、何の手立ても日本にはない。 先制攻撃は出来ないように、燃料タンクは小さく変えられていることは前に書いた。自前のパトリオット、迎撃ミサイル砲も、真上から落ちてくるテポドンには効果がない、相手と同等の核がない。これではアメリカに全面的に頼るしか道はない。 そうして、今現在も日本に普通に暮らしていて、いざとなったら北のために立ち上がる向こうの工作員が二万人はいると言われている。 その工作員達は、放送施設を押さえ、原発を押さえ、道路交通網・高圧電線などを一挙に押さえにかかる。そして、普段からの差が実践に出て、日本は滅びるかも知れない。その時私達はどうする…。 ぜひ、見て欲しい映画である。
*石侍露堂(せじ・ろどう)1991年、初の日露合作映画『イコン伝説・追憶のエルミタージュ』の監督を務める。 1994年に活動の場をアメリカに移し、ジェイソン・コネリー、ジョゼフ・ファインズ、ミア・ソロヴィーノなどを用いた作品を監督する。1996年に監督した『The Successor』は、世界30カ国で配給された。
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