1年振りに来たコートには、1年前の思い出が3つ。
使い旧したボタン電池が2つ。ぱちんこ玉が1つ。
ボタン電池の1つは万歩計に入っていたもので、2回前の誕生日に換えたもの。 もう一つはポケットステーションで、ポケピ達を動かしていたもの。 ピンクのウサギ、可愛いラーヴと甘い蜜月を過ごした電池。 本当はジュンという名前だったんだけど、愛の使者なら”ラヴ”でしょうということで、名前を変えてあげたのでした。
銀色のパチンコ玉は、夜もとっぷり更けた空の下を走る電車の中を、ころころころ向こうにこちらに、軽い音を立てて転がっていたのを拾ったもの。
3つの去年の冬の忘れ形見は、ポケットに手を入れるたびに、ひんやりとした過ぎ去った冬を少しだけ連れ返してくれていた。
まだ結婚をしていなくて、 誇りっぽいベッドに、 きっちりと閉まらない窓からの隙間風。
本棚にもベッドの下にも枕元にも床にも、あらゆる所にわたしの心の方割れである本が、至るところに転がっていて。
それでも今年と同じような高い空に、月とシリウスがさんさんと輝く夜に生きていたこと。
そんな思い出の触媒は、今は会社の机の中。
手に触る感触が好きだったんだけど、定期入れを出す時に、間に一緒に挟まった電池が転げ落ちたりするので、とうとう置き去りにしてしまったのでした。
転げる電池を拾うことだって、面倒でもなんでもなかったのだけれど、人と一緒にいる時は迷惑をかけてしまうから。
定期入れを出す時もなにも気にかけなくてもすむし、煩わしい事もなくなったのだけれど、でも、懐かしい空気と、懐かしい思い出も思い出すこともなくなって。
飼っていた犬が、いなくなってしまった時に似ているなぁと思う。
まだ、電池とパチンコの玉は会社の引出しの中。 誰もいない真っ暗なオフィスで、ひんやりとその銀の体を光らせているんだろう。
また、持ち歩こうかな。
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