オクラホマ・スティルウォーターから

2003年08月23日(土) デートンへ(4回目?)

 イスマイルとベルナが9月にはトルコに戻るので、その前にデートンに行きたいというので、一緒に行った。お目当てはやはり航空博物館で、以前イスマイルが行った時にはカメラを持っていなかったし、ベルナもまだ来ていなかったが、今回は2人ともデジタルカメラを手にして、準備万端だ。

 大統領専用機&研究開発の飛行機の格納庫に行くのに、これまでも登録をして行っていたので、まず登録をしてから、時間が来るまでデートンを少し回って博物館に戻ろうと思い、まず博物館に行った。すると、夏休みだからか、セキュリティーがなくなったのか、登録は必要なくて、15分おきにバスが出てるから、いつでも好きなときにのっていいよ、ということだった。

 それならと思い、土曜日は2時半まで開いているライト兄弟の飛行機の格納庫に向かったが、なんと閉まっていた。仕方がないので、持ってきていたお昼を、近くのCox Arboretum&Gardensで食べて、博物館に向かった。

 ネジャーティ、イスマイル、ベルナは大統領専用機の格納庫に向かうバスを待ち、私はやはり、第二次大戦中に使われた飛行機の展示室を見ておこうと思い、長崎に原爆を落とした飛行機や、真珠湾攻撃を映したビデオを感傷的に見ながら、その展示室を出ると、新しい展示があるようで、そこに向かった。

 何と、格納庫を2つ使って、朝鮮戦争以降の飛行機が展示してあった。日本史を習うとそうなのだが、第二次大戦までの歴史はびっちりして、覚える出来事、人物などたくさんあるのだが、第二次大戦以降というのは、まだ最近の出来事としてし扱われず、かじる程度のものだ。日本史だと、戦後の復興や経済成長の話が出てきて、経済成長のきっかけとなったのが、朝鮮戦争の軍事特需という皮肉なものだった、ということや、ちょっとした背景も学ぶのだが、朝鮮戦争を生み出したのも、元はといえば日本が占領していたからだ、と、語学学校時代に韓国人の生徒から指摘されたことを思い出す。

 戦争の展開を図も含めて映像で映し出されるのだが、砕いて言うと、他人の領土で他の国がどんぱちやっているとしか思えなかった。

 アメリカは朝鮮半島を一つの独立国家にしたかったようだが、旧ソ連は他に考えがあってみたいで、その違いが戦争を生み出したようなのだが、実は朝鮮半島のように日本も分断された可能性があった、というのを大学の授業で聞いた。もし分断されたなら、北海道と東北の一部(旧ソ連)、本州(アメリカ)、四国(フランス)、九州(イギリス)と4分断される可能性があったらしい。そうなると、今の日本も違った様相を見せたに違いない。

 とりあえず、広い格納庫を回って、それでも1時間近く費やして、ちょっと休憩しようと、博物館を出て、車で10分ほどのところにあるパネラを見つけて、休憩した。
 
 閉館の5時に戻ってきて、その後、他の庭園、ライト兄弟の自転車屋、旧邸宅に向かった。自転車屋の回りは以前は寂れた様子だったが、今は新しい家が何軒も建ち並び、家主が買ってくれるのを待っている。

 今日、イスマイルやベルナが撮った写真を少し拝借し、HPに載せています。ここをクリックして、デートンの各場所のピンをクリックすると、写真が出てきます。


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