K☆I Diary
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| 2004年07月09日(金) |
第三話***『お見舞い奮闘記』*** |
ナンバまでの[魔のドライブ]のソノ週の土曜日…義母の病院へ…何時も車移動のIshida…自分の足で梅田まで出て…西宮へ… げえ〜朝だと言うのにこの人ごみ!人ごみ!それにこの暑さ!!
…その昔…福知山に住んでいた時…バスが日に3本…歩いて帰ったとき夏のアツさとヒールで足が痛く人っ子一人歩いていない住宅街…裸足になって家まで帰った…何故か想いだした…まさか梅田で裸足にはなれませ〜ン★
途中信号機の故障で電車遅れるし〜そのせいで乗客途中の駅降ろされるし…で…やっと病院へ到着☆ 点滴が痛々しい義母のもとで2時間…固形物が食べれない義母の食事…Ishidaが食した(何故か病院食好きなんだよね) 義母はIshida持参の一口アイスを2個口に含んだ…♡
笑い振りまきやって来た義父と交代☆ その足で生駒の母のお見舞いに…またまた梅田から…出発!!
一番日差しが強い時間帯・・・・と言っても三時半? 駅から10分…テクテク歩くIshidaの前にバイクでさっそうと現われたヘルメットのオッちゃん!…「くみ!」の声に父親ではないか?と確認♪ バイクの後ろにまたぎ自宅へ… 癌で一番ヤバかった(勿論今もだけれど アは)父親が今や一番はつらつと元気ではないか?!
人生わかりません…お喋り大好きで人の面倒を精一杯して来たあんなに元気だった母親が倒れ…身体も言葉も不自由になった…
その昔母は「人生で泣く涙の数も笑う数も喋る分も皆同じぐらい与えられているのよ…上手くちょうじり合うようになってるモノよ」って言っていた 「お母さん 帳尻あったよね…世話してきた分…胸張って世話してもらったらいいよ」…の言葉に笑っていた
何も出来ないけど娘であるIshidaの幸せであると言う笑い顔と笑い話しが一番のお見舞いの様でありました…♡
母と父に送られ 6時半に実家を出た…
帰りの道…いつどうなるかわからない人生 精一杯 後悔ないよう生きていきたい…とあらためて感じた(生きってんジャン!…って?アハハですね)
もっともっと 逢いに来て上げよう…逢いに来させてもらおう!
そう感じた1日でした♡
さあ! きょうと言う日に出発だ======!
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