ナ イ シ ョ バ ナ シ
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| 2004年08月05日(木) |
縺れた紐は、自分で解くべき。 |
実家に帰るための荷物を詰めてます。
勉強道具とか持ち帰るの面倒・・。
っていうか、精神的に凹。
明日は受験の時にお世話になった先生とご飯食べるし。
いい子にならなくちゃいけません。
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いつもの如くTVを観てたら
「ヒロシマ・折り鶴放火その後」という番組をやっていました。
私が見たのは途中からでしたが、昨年、千羽鶴が14万羽燃やされた。
という事件から話は始まり、その火をつけた大学生(23)のコメント、
「盛り上がればいいと思った。平和への祈りや思いなんて想像もつかなかった。」
が流れました。次に、火をつけた大学生の大学側では
「平和学」という講義を行い、ビデオを流したり、被爆者の方の講演会を催したりと
生徒の気を惹くことで悪戦苦闘。
とても、事の大事さを理解するどころの話じゃない。
そして、「過去50年の戦争を被災者の気持ちになって考える」といったようなレポートでも
「被災者の気持ちになるなんて無理だ」
「被爆者の方のお話は重すぎる」
または、歴史の教科書のように年号をずらりと並べたものなど
こういう内容のものばかりではないのだろうけれど、
同じ年齢の私からしても、考えられない内容(ここに上がっているものはね)なのは確か。
専門家の先生も、「平和学」担当の先生も、いう事は同じ。
「今の子はいい子すぎる。どういう答え方をしたら正解なのか、ちゃんと知っている。
しかし、実際に答えた回答の本当の気持ちまではわかっていない。
レポートでは、痛ましさを知りました、戦争は悪い。とは言うが、
実際の自分とは、どこか遠い世界と感じている。」
最後に大江さんが平和記念公園で哲学者シモーヌ・ベイユを引用して言う。
「祈ることを学ぶためには注意力を育てること。まずはじっと見つめること。
被爆者が語る表情をじっと見つめ、言葉にじっと耳を澄ます。
そして、聞いたこと観たことを自分の言葉で次に語っていく。という事が大事。
仏教の経典だって“私はこう聞いた・・”って書いてあるんですから。
今の若い人が、耳を傾けてくれたら・・。」
戦争だけじゃないと思う。
今の私たちは考えることを拒否して、ラクで楽しい方に流れる。
難しいこと、辛いことは誰かがやってくれると思ってる。
それを省エネの生き方。って言う人もいた。
でも、それって違うと思う。
考えることは無駄じゃない。
一所懸命やるから出来ることがある、わかることがある。
自分が動けば、絶対に何かがある。
私はそれを面白いと思う。
考えないから、わからない。
考えないから、何も出来ない。
若さと愚かさは違うよ?
考えもせずに、「わからない」なんて言わないで。
動きもせずに、「無駄」なんて思わないで。
今の私たちにしか出来ないこと(悩む事も、苦しむ事も)が、きっとあるよ。
そういう限られた期間って、とっても刺激的で楽しいよ。
人を傷つけたり、何かを放棄することでしか
快感を得られない。
そんなことって、きっと嘘だよ。
誤解されたくないのなら、
自分の思いを、自分の言葉で、伝えていくべき。
“いい子”なんて、本当はちっともいいことじゃないんだから。
PS:戦争への思いは、きっと皆さんと似たり寄ったりだから省略。 でもね、「聞いたこと観たことを自分の言葉で次に語っていく。」っていう言葉は
すごく大事だなって、改めて思いました。
わかったことを、気づいたことを、自分の言葉で次の世代へ。
思いを紡ぐ。
失敗を、悲しみを繰り返さないように。
私も一人の伝達者だと思ったら、とても責任を感じて誇らしい気になりました。
色んなことを伝えていけるように、色んな事を知りたいし、色んな事が出来るようになりたいです。
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