時々日記
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2003年08月10日(日) 台風の被害。

朝9時半に目覚める。 友人はまだ寝ていた。
そっと起きて、寝室からリビングへ。
ちょっと筋肉痛みたいだったので、ストレッチをした。
歯を磨いて、顔を洗って、アイロンかけたりしていた10時過ぎに
ソファの上で、マナーモードの携帯が、ブーンと何度も震えて止まらない。
最初、アラームか?と思ったんだけど、こんな時間にアラームかけた覚えないし。
メールか?とも思ったけど、メールにしては長い時間震えていたので
おかしいなと思い、携帯を手にとると、白石の友人からの電話着信だった。

電話に出て、ビックニュースを聞かされる。
みぃ町まで行く道路が落ち、線路が流されて、みぃ町へ帰る手段が無いという。

白石の友人宅には、みぃ町在住のJRAな友人が泊まっている。
急遽、その友人と共に、帯広経由で帰宅する事になった。
10時40分頃には、友人の家を出た。

本当なら、ライジングカフェに行ったり、髪を切りに行ったり
買い物したりしたかったのに、何も出来なかった…。

11時51分発、釧路行きのJRに乗る予定。
待ちあわせは11時半。 でも、待ち合わせの15分くらい前に札駅に到着。
混んでいるだろう事を予想して、早めにチケットを購入。
購入後、JRAな友人と合流。 すぐにホームへ並んだ。
案の定、JR内は込み合っていて、立ち乗りの人もいたくらいだった。

JRが発車して、千歳あたりの駅で15分の停止。
本当は白糠まで行ける予定が、復旧が遅れている為
帯広までしか運行出来ないとの事だった。
なので、白糠からバスで釧路だったハズが
帯広から釧路までのバスとなったらしい。
被害は思っているより大きいらしい。
#釧路な友人、無事に帰省出来ましたか?

帯広までのみちのりで、色々な川を見てきたけど
どの川も水が増して、茶色くて、流れが急だった。

帯広には2時過ぎに到着。 帯広はひどく暑かった。

帯広には、JRAな友人のお父さんが迎えに来てくれていて
みぃ町に帰れる事となった。


みぃ町と苫小牧を結ぶ道路が復旧しなければ
あたしはRSRに行けるかどうか微妙である。。。


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