蹴文修記

2004年03月25日(木) よくわからないけど。


季節の変わり目だからなのか咲き始めた桜が誘うのかなんだかわからない
けれど、著名人の訃報が最近の新聞やテレビを賑わせている。

そして最後の有名税納付の時機なのかどうかわからないけど、大勢の人が
悼み集まり涙を流す。普段はすっかり存在も忘れているような人に対して
でも、だ。

そうなってから初めて過去の出来事が自分の中で回想され、テレビや新聞
によってそれはある種誇張された想いに変わっていく。映画の主人公と
同じ気持ちになり涙を流すような。

有名人だからこそ一般の人が弔いに訪れる。一般人のための場所も用意
される。でも僕は想いが深いであろう人でも、個人的な面識なしではその
場に赴くことはできない。僕なんかが行っていいのか、と思うし、何の
関係もなく来るんじゃないよと思われそうで。

こんな考え方するのはおかしいのかな、よくわからないけど。
よく自分の葬式の場面を想像して云々って話はあるけど、自分の場合は
いつも6畳間1つ分の人しか集まらないんだよな。

まあそれでも僕にしては十分なんだけど。


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