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 停電の夜に/ジュンパ・ラヒリ

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ジュンパ・ラヒリのデビュー短編集に登場するすべての人物の病を誰かに通訳させるとしたら、この表題作の主人公、カパーシがまさにうってつけの人物といえる。たとえば、「停電の夜に」の若い夫婦、ショーバとシュクマール。2人の結婚生活は子どもが死産したことによって徐々に崩れ落ちていく。あるいは、「セクシー」のミランダ。彼女は既婚男性との何の望みもない情事にはまり込んでいる。しかし、カパーシもまた彼自身の問題を十分抱えこんでいるのだ。

患者の言葉を理解できない医師のために通訳として働くかたわら、カパーシは旅行者を地元の観光スポットに連れていくタクシー運転手もしている。ある日、彼はインド系アメリカ人1世のダス夫妻とその子どもを車に乗せる。彼らを車で案内しているうちに、カパーシはダス夫人に心魅かれていくことになる。そして、夫人が通訳という彼の仕事の意味を深読みしたことによって、カパーシは不本意にも彼女の秘密を打ち明けられることになる。「私はあなたの才能を見込んで話したのよ」と、驚くべき秘密を漏らした後で夫人は彼に告げる。

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もうずっとこんなひどい気分でいたのにウンザリしちゃったのよ。だって8年よ、カパシーさん、8年も苦しんできたの。あなたなら私の気分をいくらか楽にしてくれるんじゃないかなって、そう思ったの。適当な言葉をかけてくれるとか、なにか療法みたいなものを勧めてくれるとかしてね。
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もちろん、カパーシには、夫人の悩みに対しても、あるいは彼自身に対してもさえ、処方箋を出すことなどできない。

こうしたほろ苦い結末はラヒリのこの短編集全体を貫く特徴である。9本の短編のうちいくつかはインドを、それ以外はアメリカを舞台に設定しているが、それらのほとんどがインド系の人物に関したものだ。しかし、ラヒリの描きだす人物が直面する状況には、それが不幸な結婚生活であっても内戦であっても、民族性の枠におさまりきらない広がりがある。短編集最後の作品「3度目で最後の大陸」の語り手は次のように述べる。

「これまで長い道程を旅し、数えきれないほどの食事もし、たくさんの人たちと知り合い、いくつもの部屋で眠りを重ねてきた。人生の歩みと共に積み重ねられてきたこれらのひとつひとつに、私は戸惑いをおぼえることがある」。

成長を遂げ、家を離れた者、恋に落ち、また破れた者、そしてとりわけ、家族を持ち、その中にいながらも自分を異邦人のように感じてしまう者、そんな誰もが人生のどこかでふと感じることになる不安や戸惑いを、ジュンパ・ラヒリはこの中に見事に要約している。

内容(「BOOK」データベースより)
毎夜1時間の停電の夜に、ロウソクの灯りのもとで隠し事を打ち明けあう若夫婦―「停電の夜に」。観光で訪れたインドで、なぜか夫への内緒事をタクシー運転手に打ち明ける妻―「病気の通訳」。夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂を、みずみずしい感性と端麗な文章で表す9編。ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集。

目次
停電の夜に/ピルザダさんが食事に来たころ/病気の通訳/本物の門番/セクシー/セン夫人の家/神の恵みの家/ビビ・ハルダーの治療/三度目で最後の大陸


この本は、読んだ人が皆「面白い」という本。天邪鬼な私は、みんながそう言うならやめとこうなどと思ってしまうタイプなので、この本の話題も出なくなった頃にやっと読んだ始末なのだが、避けていたのはそればかりではない。

短編集であるというところに、単なる愉しみとは別に、昨年短編の勉強をしたために、何やら学習的なイメージがつきまとってしまい、いい加減な感想では許されないのでは?という強迫観念が生まれてしまうというのもある。

とはいえ、いざ読んでみたら、世間の評判どおり面白かったと言えるだろう。インド系の作家というのは、ちゃんと読むのはおそらく初めてだったと思うのだが、白人以外の作家が増えてきているアメリカの出版界の事情を考えれば、不思議でもなんでもないことだ。

ただ、アメリカでアメリカ人と同じ生活をしているのに、インド人である。あるいはインド系であるというところに、何か不思議な感じがするのである。それは何系かに関わらず、どこの出身の作家にでも感じることではあるのだけれど、特にインド系は、サリーなどの民族衣装を着て、しかしながらしっかりアメリカ人と同じ生活をしているというところに、妙な違和感を覚えたりするのだ。けれども、それはそれとして、とても観察力のある上手い作家だと思う。

それぞれの作品の感想は、「Short Stories Review」に書いているので、そちらを参照のこと。タイトル、あるいは作家名で検索可能。

2004年09月25日(土)
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