ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2007年03月10日(土)
私的回想/出家編 Ver.8
このシリーズ、飛び飛び気まぐれに書いていたので いったいどんな内容だったか、わからなくなった。 目次から探すことも面倒くさい(笑)。
でもまあ、とりあえず。
外国で暮らすことの利点の一つに 「そうしたいと思った時にひとりになれる」ことがある。 これは物理的なことでなく、マインドのこと。
母国語が話されていない街中では、 自分が考え事を始めた瞬間に周囲の音はOFFになる。 どんな雑踏の中にいようと「孤」になれる。
たまに帰国する時に必ず感じていたことは 無分別に流される音、言葉、情報の多さ。 これら雑音に、どれだけ無防備に脳と神経が 晒されていたかということ。
一人で街を歩いていても、部屋に篭っていても 日本語から逃れることは出来ない。 思考が分断され、いつの間にか流されてしまう。 集中していれば別だが、それ以外は音が入ってくれば、 耳がキャッチしてしまう。
ようするに、思考から簡単に逃避ができる状況なのだ。
あの灰汁多き時期に、NYという外国にいたおかげで 「自分の問題」から逃げずに済んだ。 自分に真正面からぶつかるしかない環境、 考えることから逃げることが出来なかったのだ。
自分の内面を視ながら、哲学していたとでもいうのか。
本当に、いろいろいろいろ考えた8年間だったなぁ。 おかげさまで、比較も、背伸びもしない お気楽な私が今ここにあるのだ。
あの日々に、感謝。
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