SCの仕事は 教育委員会というシステム 学校というシステム 学級というシステム 部活というシステム 仲良しグループというシステム 家族というシステム 個人の心や身体というシステム そのシステムそれぞれ本来の循環を 取り戻す仕事だと思って やっていた。
誰かの目から見れば 不登校の子が学校に行くことだったり また別の誰かから見れば 体調が良くなることだったりするが 大事なのはそういう結果ではなく ちゃんと循環が取り戻せているかということだ。
わたしはSCという立場で この役割をひたすらやっていた。 ひとり職場なのは承知の上で 辛いことは想定内 孤独も想定内 セルフケアを定期的にしないと この仕事ができないこともわかっている。
SCを辞めたはずなのに わたしは同じことをしている。
そう気がついた。
なぜ自分のお金にもならず 孤独で重労働な集落の田んぼを やりたいと思ったのか。
自分はおいしいマコモを作りたいわけではない。 作れたら嬉しいがそれが目的ではない。
きょう 田植えのイベントをして 子どもたちが田んぼで 嬉しそうにはしゃいでいるのを見て それをみた集落の方々が嬉しそうなのをみて またそれを見た保護者の方がうれしかったと言うのを聞いて それがわたしはとてもうれしかった。
これが本来の循環をすこし取り戻せた感じだと思った。
今わたしが取り組んでいるシステムは 島というシステム 町というシステム 集落というシステム 家族というシステム 個人の心とカラダというシステム そして自然という壮大なシステム。
それらが本来の循環を 取り戻せるための動きができたらいい。
そうおもって ひとりで抱えて動いてる。
SCと同じひとり職場だ。 ゴールはわからない。 本来の循環がどんなものかわからないから。 ただそのシステムが本来持てる力を 引き出していくことを考える。 プロセスが大事だ。 そして セルフケアも必要だ。
対象が違うだけで ほぼSCと同じ。
わたしの魂は 滞っているものを 循環させたいのだ。
ただそれだけを 柱にやっていこう。
お金のためにとか 何かいいことするためにとか そんな目的などない。
ただただ循環をおこせ。 さすれば道がひらかれる。
今回のマコモ田植えまでの作業が とても苦しかった。 体力的にも精神的にも。 でも、きょう、それが循環を起こすための プロセスだったのだと気がつくことができた。
辛いから 祈りの大切さにも気づけた。 榊を備えてお祈りした。 抱えずに人を頼ることも学んだ。 お願いしたらみんな快く引き受けてくれて それがまた循環の種になった。
この道であってるよ。
大変かもしれないけど どんな自分が好きかかんがえたら ほら、あってるでしょ。
よかったよ。 あってるよ。
ただ淡々と進めばいい。 自分の頭で考えて いちばんいいと感じる方向へ。
あってる証拠はね きょうの田植えの時間 格別ひかりの美しいお天気だったということ。
おめでとう。
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