空色の明日
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2017年10月18日(水) ユーカリの香り

記憶は五感に存在すると思う。

先日、ふととても懐かしい匂いがして
匂いを追いかけるように歩いていると
1本のユーカリの木にたどり着きました。
「あぁ、私の懐かしい匂いはこれだったか」

子供の頃、実家の裏に大きな大きな屋敷がありました。
どれくらい大きいかというと、その1軒の屋敷が取り壊された跡地に
40世帯分ぐらいの大きなマンションが建ったほどの広さです。

鬱蒼とした森の中に1軒ポツンと洋館が建っていました。
その森の木の中に大きな大きなユーカリの木があったのです。
私の部屋の窓からその木は見えていました。
あまりに大きい木なので葉っぱが我が家によく飛んできました。
葉っぱだけではなくあのユーカリ独特の爽やかな香りが
いつも我が家を包んでいました。

ユーカリはアロマオイルやのど飴にもなっているように
殺菌効果や抗炎症効果があります。
考えてみれば毎日天然アロマに包まれて暮らしていたのです。


その屋敷とユーカリのことを
母に話してみると思いがけないことを教えてくれました。

「あのお屋敷に暮らしていたのはね、ユダヤの人だったのよ」

その屋敷はまるで森に隠れるようにひっそりとしていて
私が子供の頃にはまだ灯りがついていました。
それでも本当にひっそりと暮らしているという感じでした。
戦後の日本に暮らしていてもやはり何かから隠れるように
そんなふうに暮らしていたのでしょうか。
どれほどのつらい思いをして神戸にたどり着かれた人だったのでしょうか。


私の家の周りには居留地の名残で外国の方のお家がたくさんありました。
先ほどの森の屋敷の隣の大きな大きな大きな屋敷も
最近取り壊され、戸建てが30邸庭付きで建つほどでした。

そんな屋敷のそばに暮らした私の実家は
戦後の海外からの引き揚げ者住宅でした。
いろんないろんな戦後の事情が残る街並みも
だんだん世代が変わり、屋敷や土地が売られマンションになり
私の実家も震災で傷んでいたので
弟が家を建て直し、今は昔の面影もありません。

それでもユーカリの香りを嗅ぐたびに
きっと私はこれからもあの森の屋敷のことを思い出すのでしょう。


安藤みかげ