2003年03月24日(月) |
『休まぬ翼』(ホイッスル!高等部森小ネタ) |
武蔵森高等部卒業式は、何とか無事に終わった。 「何とか」というのは、在校生代表の送辞を、誰が決めたのか天然ボンバーマンの現Jリーガー、藤代誠治が読んだせいだった。 巧妙にも、教師たちに提出用の送辞としてダミー(いや、こっちが笠井が書いた本番用)を用意していたらしい。 厳粛な雰囲気は一変、爆笑の渦に変わってしまい、両手をつき上げて観衆に応える藤代を笠井がハリセンでしばき倒し、その隙に間宮が足を持ち上げ、
「ゴン」
…という鈍い音とともに、彼らはステージを後にした。 一瞬鎮まりはしたものの、これも演出だろう、と勘違いした生徒たちの拍手喝采をさらに浴びたのは言うまでもない。
それによってざわついた雰囲気は、卒業生代表の渋沢克朗が登場したことによってしん、と静まった。U−21代表GK、大学進学は決めたものの、Jリーグからもお呼びがかかっているという、未来の全日本A代表正GK。 皆、彼の言葉を待ち望んで。 渋沢は、ピッチでもよく通る声で、穏やかに在校中の思い出を語り、ふわりと感謝の言葉を述べた。 聴衆はつられてうっとりと微笑み、……内実を知るチームメイトは恐ろしさに寒気を覚えた。内心で、「こぉの、スーパー猫かぶり!!」と叫ぶ者もいたかもしれないが、それはあくまで一部の話。 とにかく、大半は…特に教師陣は、ようやく卒業式らしい雰囲気に安堵したのであった。
そして、何とか無事に卒業式は終了した。
「キャプテーン、三上先輩はー?」 「…ああ、俺も探しているんだが…さっきから姿が見えなくてな」 「もうすぐ部室で追い出し会が始まるのに、どこに行ったんでしょうね」 「どこかで一服してんじゃねーの?俺も行けば良かった」 「卒業生が揃わないと、始められないぞ。俺の手製のケーキも披露できん」 「間宮…ちゃんと食えるもの作ったんだろうな……(汗)」 「とにかく、屋上とか中庭とか…心当たりを探そう。見つけたら部室に連行してくれ。手段は問わん」 「らじゃりましたぁ♪」 「……渋沢……お前な………」 「ほらー!水野!お前も三上先輩探すんだってば!!」 「何で俺が……」 「問答無用ー!」
卒業式後、部室で集って追い出し会をしよう!と言い出したのはやはり藤代だった。中等部の頃からイベント好きなメンバーが多いこともあり、それはすぐに通達されたのだが……肝心の主役たちの一人、三上 亮がの姿が見えなかった。 三上の気まぐれは今に始まったことではないので、誰も大騒ぎをする者はいない。…が、彼がいないとサッカー部卒業生が全員揃わない。 これでは追い出し会も始められないので、準備係以外は、それぞれが三上を探しに散っていった。真っ先に携帯にもかけてみたのだが、つながらないらしい。
藤代に引きずられながら、水野も、この三上捜索隊に強制参加させられた。 自分は屋上に行くから、お前は寮の辺りな!と言い捨てて、藤代は駆けて行く。時折上がる女の子の歓声に手を振りながら。
水野は、ひとつ、ため息をついた。 「何で俺が……」 あの、三上を探さなくてはならないのか。 中学の頃からの、因縁の相手。 ポジションも同じ。求める背番号も同じ。 …しかし、その10番…そして司令塔の役目を与えられたのは、自分だった。 三上は、左サイドのMFとして出場し、水野がJリーグの試合等で不在の場合のみ、その代りにトップ下のポジションについた。
そんな三上が、自分をどう思ってるかなんて、考えなくても分かる。 自分を見る彼の目は、いつも険しく、固いものだった。 まだ慣れていなくて人見知りしているだけだ、と渋沢は言ったが、どうにも信じられなかった。 自分が風祭みたいな素直な性格や、シゲみたいな清濁呑み込めるしたたかさがあれば、やがて慣れていったのかもしれないけれど。 ――結局、必要以上の会話もしないまま、今日でおしまい。
JリーグやU−19等の都合でよく学校にいない為、成績が超低空滑走の藤代のために、補習や試験などの面倒をみていたのは三上だ。しかし同じように試験を受ける自分には、 「オマエはこのノート見りゃ十分だろ」 …と、何冊かのノートを渡されたきりで。 三上はひたすら、藤代をこづきまわして怒鳴りながら勉強をさせていた。 ―実際、教科書とノートを見れば自分には何とか理解できたし、藤代はあれくらいやらなければ頭に入らないだろうけど。 ――ちくり、と、小さな痛みを感じたけれど、それは三上の怒鳴り声と藤代の悲鳴が煩いせいにした。
その時点で、水野は立ち止まる。 「――ちょっと待て」 (もしかして、かまわれたかったのか俺は?!)
自分の思考が行き着いた結果に心底驚いて、思わず口に出しそうで、水野は慌てて口に手をやった。 …気がつけば、既に寮の近くまで来ている。 サッカー部専用の寮は、部員が全員出払っていて、いつもの騒がしさなど、どこにもない。
「じゃーな、おばちゃん。元気で」
そして、どこか別の建物のように静まった寮からボストンバッグを担いで出てきたのは、三上 亮本人だった。
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