紫
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| 2004年03月15日(月) |
今日、感じた・思った |
胸にこみあげてくる熱い「何か」を、おさえるのに必死でした。
壁に飾られた数枚のモノクロ写真。
それは、確かに彼の「聖地」を映したものでした。
故郷を「聖地」と呼ぶ彼。
故郷を「聖地」と呼ぶ意味を知っている彼のモノクロ写真に、いつの間にか、こらえていた涙が頬を伝っていました。
「なにひとつ不自由のなかった旅館のぼんぼんが、一転して奈落の底に落ちた。つらい日々だった。しかし逆に考えれば運命が与えてくれた贈り物だったとも思う。僕はそこで遅まきながらはじめて自我というものに目覚めたのだからね。自分が子供から大人になる分岐点が、くっきりとそこに立ち現れたんだ」(藤原新也の写真展より)
インド、アメリカを放浪して、23年ぶりに生まれ育った故郷に帰ったという藤原新也さん。
そのときの思いは、生意気ながらに私にはわかるような気がします。
でも、すべてがわかるというわけではありません。
なぜなら、私はまだ「故郷」に帰り、そのときの「思い」をつづる気にはならないから。
ただ、今日は、なんとなく背中を押されたような気がしました。
乗り越えなきゃいけないものは、身近にある。
そんなふうに、ただ、思いました。
おやすみ。
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