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2003年12月01日(月) 親子電話

NTTがまだ「日本電信電話公社」だったころ。
家庭の電話は「黒電話」で、公衆電話は3分10円の「赤電話」。
電話の着信音も、まさに「ベル」。
リーンリーンと音の調整もできず、その大きな音に驚いていました。
そんなころ。

なんと我が家の電話は、1階と2階の「親子電話」でした。
親の仕事の関係で、電化製品はまだCMもしていない最新式のものが我が家にはありました。
ビデオやホットプレート、ポケットベル、携帯電話に家庭用フライヤー、食器乾燥機…。
今では家庭にあって当たり前のものばかりですが、当時は見慣れぬ電化製品でした。
携帯電話なんて、自宅のアンテナから2キロ以内でしか通話はできませんでした。

さて、その「親子電話」。
まだ幼稚園に入る前の私が、1階の部屋で遊んでいると、フォンフォンと電話がなりました。
そう、電話の音はリーンリーンではなく、プルルルル。
親子電話の呼び出しは、フォンフォンと、耳にも心臓にもやさしい音でした。
でも、親子電話がついたばかりだったため、私には音の違いがわかりません。
ホンモノの電話に出たこともありません。
なぜかそのときは、母にせかされて、電話に出ました。

「もしもし」

おもちゃの電話で覚えたとおりの電話のあいさつをすると、なんと受話器から父の声が。

「もしもし。元気にしてる?」

風邪をひいたため、幼い兄と私からは「隔離」されてしまった父。
それでも子どもたちと話をしたかったのか、電話で親子の交流。
まさに「親子電話」です。

子ども心にも、「風邪をひいて父は寂しいんだ」ということがわかり、しばらく電話におつきあい。
テレビで覚えた歌を歌ったことを覚えています。

この最新式だった電話は、いつしか旧式になり、そして、思い出たっぷり詰まった「家」に、やはり昔は最新式だったそのほかの家電といっしょにそのままおきざり。

「長い間、ありがとう。さようなら」って、あの日、「親子電話」に言ったかな。

おやすみ。


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