紫
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父は、東北の山と山のあいだの、トンネルとトンネルのあいだの、小さな小さな農村で生まれました。
11人兄弟の末っ子の父は、歳の離れた兄や姉に育てられたため、あまり母親の記憶はないそうです。
冬、厚い厚い雪におおわれたいた父の故郷を初めて訪れたのは、私が4歳のころ。
初めて見る大雪がうれしくてうれしくて。
まさに犬といっしょに雪の積もった田畑をかけずりまわっていました。
とあることがきっかけで、父とその故郷との交流が途絶えたのは、私が16歳のとき。
そして私は故郷をなくした父の気持ちを考えたことはありませんでした。
二十歳になって、その小さな農村まで旅をすることにしました。
それが、私の生まれて初めての一人旅です。
電話番号も住所も知らず、子どものころの記憶をたどって、父の生家にたどり着きました。
そして、もう顔も忘れてしまった従兄弟たちが、私の突然の訪問を手放しで喜び、いろんな親戚に電話をして、その日のうちに父の今生きている兄弟たちがほぼ全員、集まりました。
そのとき、
「ここは父の愛する故郷なんだな」
と知りました。
父がずっと食べていただろう故郷の豆腐の味が、今も忘れられません。
その数年後、父はたくさんのお土産と、たくさんの見栄っ張りの話をもって故郷に帰りました。
東京の私の部屋に立ち寄ってから、出発した父の、ちょっと気恥ずかしそうな嬉しい笑顔を、今、私の目の前にせまりくる山を見ながら、ふと思い出しました。
おやすみ。
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