痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2006年12月12日(火)  過去からの贈り物

私が通販が大好きなのは、
待つ からです。
そのうえ、
自宅に届く からです。

物欲とは、それを手にした瞬間から冷めていくダメな女の恋のようなもの。
欲しい〜 ハーハー と目をギラギラさせ、息を荒くしているとき、
脳内でアドレナリンだかドーパミンだかが、ドバドバ湧いている状態を追い求めていくのは、
恋愛中毒も、パチンコ中毒も、そして買物中毒も一緒です。

しかも通販は、自分のものになると分かっているのに焦らされる、
という高等な自分心理操作もあります。
そして対価を支払うのが同時でない ことから、
特に先払いの場合は、先に見えない未来にお金を支払ったことはすっかり忘れ、
プレゼントをもらった気持ちになるのです。
しかもキレイに包装されておうちに届くので、
毎回サンタさんにもらったような、包み紙を剥がすのももどかしいようなドキドキ気分が味わえるのです。

そんなわけで、お芝居の稽古中のストレス解消と冬支度のために注文してしまったものが、
どんどこ届いております。
ほとんど支払いは先に済んでいるのですが、一部カードのものもあり モゴモゴ・・・
大丈夫!依存症ではないから。
ただ貯金できないだけだから。

と、自分のダメぶりを曝そうと思ったわけではなく、
先日ダビングしてもらった7〜8年前の録音を今日やっと聞いて思ったのです。
ナマモノの消えモノが好きで、音楽のライブもお芝居も終わればまた次のこと、と
ボケーっといつも少しだけの先をみて生きてきましたが、
音楽の録音だけはやっておいてよかったなあ、と。
今回もらった2曲は依頼品だったので特にそうなのですが、
ひとに見せて聞かせるのではなくて、音源として楽曲を素直に、できるだけ(自分がそう感じる)美しく伝えようとしていて、
だから無駄に自己表現していない。
なるべく癖をつけずに歌っている。
だから逆に、この曲のここが面白くて気に入っていたんだな、ということがよく分かったのです。
今回のお芝居のあともいつものように言われたのですが、
作品なのか自分なのか、
演じすぎるほど演じるのか、むしろあえて自分を剥き出しにするのか。
私は、自分の好みと癖からどうしても前者に激しく傾きます。
もっといつもの自分で、と、表面を演じることで殻をかぶるな、
などと毎回言われています。
前者は自分にとって楽なのは確かですが、
なにをどうやったって憑依するわけではないんだから、
どれだけコテコテにやってもそこにいるのは自分でしかない とも思っています。
普段の自分だって、いろいろ無防備ではあるにしろ、別に中身剥き出しってわけじゃないしなあ。
そこのところは、何十年やっていてもいつも舞台後に言われることです。
っていうか、むしろ普通のときのほうが私は固い殻をかぶっていると思うんだけどなあ。
と素直に納得はできないのですが、求められていることは分かる。
この先もずっと自分で考えていく問題です。
と、話が先にズレてしまった。
もらった2曲のことでした。
それは作品が主体でありつつ、どうしたってその当時の自分でしかない 声 歌い方があって、
これからもこうしたい、って思ったのです。

なんだか前半の通販中毒と繋がっているような、無理やりのような。
こちらの過去からの贈り物には、これまた依存物質である大量の ami の思い出も詰まっていて、
この馬鹿みたいな歌をエンドレスで聴きながら、
彼女の不在を思い、
久しぶりに泣いて駄々をこねてみました。


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