関西人がアホとボケとタコを愛するように、わたくしはバカとマヌケとアンポンタンを愛しています。こんなに愛すべき日常語を勝手に裏に意味があるように隠したりしないでほしいわ。プンプン。 ま、使いたくないヒトは使わんでよろしい。結構使い方が難しいみたいだしね。 「どういう意味で言ったの?」 どういう意味もこういう意味もあるかあ。
むつかしい言葉を覚えたからとにかく使ってみちゃって、それでどうでもいい議論になんか巻き込まれちゃってメガネ壊されたりして怒って喧嘩したり、なんでこんなことで揉めるんだよう、なんて半泣きになったりしてるのが、アンポンタン。
むつかしい事柄を自分のことばでわかり易く伝えよう、なんて考えて悦にいってしゃべりだしたら、「つまりこういうことでしょ」と〆られ「まあ一言でいうとそうなんだけど」 これマヌケ。
普段 むつかしい事柄をむずかしいことばでむつかしい仲間としゃべっていて、「馬鹿とはつきあわない」「みんな馬鹿ばっかりだ」と、みんなが思っている2大信念に大人になってもしたがい生きている。バカですね。
そうだなあ、思春期ってみんなバカなんだなあ。
書きたい事毎日いっぱいあるんだけど、時間がね。いざ書き出すと思ってもみなかったことを書いたりしている。 今回はとうぜん 抑止力について書こうと思ったんだけどな。 戦争と死刑。でもやめた。
今 あたまの中は自転車のことでいっぱい。 仲間うちで、自転車小ブームなのだが、一番の理由は腰痛にいいかな、と思って。 悪そうな気もする。あの前傾姿勢。背筋力はつくだろうか。 明日、買ってしまいそう。そうしたら、カメラもって土手にいこう。 わあ、すごく楽しみになってきたよ。買うね。買うよ。 そうして 幸福感について、書きたくなってきたけど、明日のことはわからないなあ。 こんなに、集中力がないのは 不安のせい。 やっぱり抑止力。 なぜ、わたしは人を殺さないのか、盗まないのか。 なぜ、自分を殺さないのか、病を治そうと 生きようとするのか。
なにが自分を抑止しているのか、ある方向に向かせようとしているのか。 意識が二択ではなくあらゆる方向に向かう可能性があるのに、正負の二極をいつのまにか作り出すのはなぜか。
抑止の理由のひとつが恐怖であるのは間違いないけれど、そもそもなにが怖いのか。 自分でわからんことを知りつつぐるぐる回り、ひとに押し付けてみたりする。 これも馬鹿のすること。 わたしは馬鹿だなあ。
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