痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2002年09月25日(水) ばあさんよりじいさんになりそうです

わたしは街中でカップルをみるのが大好きです。にこにこと好々爺のように、ヨキカナ ヨキカナ ナカヨキコトハウルワシキカナ と見守ってしまいます。
あほっぽい高校生カップルでもにこにこです。ただし、あほっぽい会話が聞こえない程度の距離が必要です。特にあほどころか気持ち悪い声が聞こえないことが肝心です。あいつらの発音以上に発声が生理的不快感を呼ぶとしかいいようがないほど嫌いです。口呼吸的あの声が聞こえたとたん 死ね と好々爺から一転して呪いのことばを呟きながら立ち去ります。
あらあら。

さてさて、カップルの所作の中で一番好きなのは 手をつないでいる です。
手をつなぐ二人をみただけで、ヨキカナヨキカナ いいもん見せてもらってありがとうね、という気持ちです。
なんでこんなに好きなのかなあ。

自分ではあんまりしたことないなあ。恋人と歩く時でも(歩いた時でも)つかずはなれず が好き(だった)。肩をだかれたりまして腰を抱かれたりすると、歩きづらいのが先に立ってイライラしてしまう。(しまった。)あ〜、おぼれてのめりこむような恋愛をしたことないのがまるわかりですが。ははは。
どうしてか、手をにぎってくれる方とお付き合いしたことがあまりないので、わたしも自分から手をにぎるタイミングがよくわからないまま、いい大人になってしまった。いつも次にお付き合いするひとは手をつないでくれるひとがいいな、と思っています。チャーミーグリーン幻想でしょうか。

恋人にかぎらず、子供と親とか、兄弟とか 友達同士でも手をつないで道を歩く二人という図が大好きです。小さい女の子たちが手をつないでスキップしている光景をみちゃたりすると思わず ヨキカナ ヨ・キ・カ・ナ・・・ と涙ぐんでしまいそう。
「大好き、一緒にいこうね」の図。
群集の中の手をつないだカップルも 手をつないで買い物にいく兄弟も、周りの見知らぬひとたちのなかを、お互いに手をあずけて 一緒にいこうね、と無言で未知の世界に足を踏み込んでいく。
そのヘンゼルとグレーテルのような 稚さ おかしさ がたまらなく好きなのかも。いつも一人で がんばるもん と歩いているから、そんな二人が 
そうだよね、一人より二人のほうが怖くないよね、いいね 道連れがいるっていいね、にこにこ、あ、目頭が熱く・・・

日本では 大人になって手をつないで もう全然OKなのは ほぼ恋人限定だからなあ。わたしも決してスキンシップ上手な人間ではないけど、実はしたい。友達や親や恋人になるひととは 手をつないでおきたい。
amiの意識がなくなってからは、一方的に つまり相手の思惑を考えなくていい、と無意識に判断してたんだろうけど、ずっと手を握っていたのですが、多分ほかにこの横たわるひととの 話すことも見ることもしてくれないひととの繋がり 接点がなくなってしまったから。触るというのは最初で 最後の 人との繋がりなんだな、と。もったいない、元気な時にもっと手をにぎったりつないだりしておけばよかったと。そうすれば 握りかえしてくれたのに。
でもきっと 今 生きてそこにいても つながないかな。
自然にひとの手をにぎれる人、というのがわたしのあこがれ。


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