育ち というものを考えました。 わたしは、性的な話が苦手です。嫌いとかじゃなくて、 「ひぃえ〜、やめてくれい」 つまり、たまらなく恥ずかしいのです。ほのめかす のはともかく、ズバリな単語は・・・、耳を塞いでパスさせてもらってます。 たぶん、羞恥プレイに ものすごく弱いはず。泣くかも。
同じように、生理的な話もあんまりしないです。 どちらも あまりにあまりに個人的な、生き物的な話が 駄目なのでしょう。 行為そのものではなく、そういうことを誰かと話あう、免疫が弱いのだろうと思います。 で、それはたぶん 育ちによるものではないかと。
わたしの根っこはいわゆる、下町のお嬢さん なので、大きくても小さくてもみんな一軒家に住んでいて、両親はだいたい堅気で、自営業が多く、親の働く姿をみながら大きくなって、みんな独立独歩で、よその家の事情にあまり興味がなく、お泊りしたこともほとんどなく、両親さえ、そういうことを匂わせなければ、いつのまにか自力で大人になっていく、という環境に育ったわけです。 そんな世の中にも、そんな世界だからこそか、よそのお兄さんという存在もあったわけで、そういうことを知るのは小学生の頃 かなり早かったとは思うけど、それでも それは秘め事 極個人的なことなのだ、というのが、クラスのだいたいの認識だったように薄っすらと思い出します。 だから、中学に入っての団地族の子供たちとの出会いが、人生最初のカルチャーショックでした。 彼らは、あからさまで それでいて自分達だけの言葉でしゃべっているようでした。その当時は彼らの方が大人っぽくて、自分たちが初心で子供っぽく感じたけれど、いま思うと、逆だったのではないか、わたし達がひどく早熟でませていて小さな大人のような心を持ってしまっていたのではないか、と思います。
その後 女子高育ちにまたショックをうけたりするんだけど、禁忌とまではいかなくても、ずっと男女ごっちゃに育ってきて、そういうことはつまびらかにするものではない、ひとには秘密があって当然だ、という意識はずっと後をひいて、今でもしっかりと残っているみたいです。
そこまでくどく言っておいてなんなんだけど、放出の快感。世間には 我慢するのがいい、とかいう人もいますが、喉をひらいて大声で歌うのも、オープンコードでジャーンと鳴らすのも、ブビッーとはなをかむのも、抑えずに、開放する というのは気持ちいいものざんす。 本日タイミングをのがし、我慢に我慢をかさね、ひさしぶりに危ない・・・ と上目遣いになりながらも我が家に辿り着き、開放 すべての筋肉がゆるんだ瞬間は、 「ものすごくモッテマワッタ言いまわしでしか書けなくとも、日記に書いておきたい。」 と思ってしまったのでした。 人間は一本の管なのだ。
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