トルコはいいチームだった。日本が勝てるかも?なんてちょと失礼だ ったかも。なめてました。すんませんでした。
トルコといえば思い出すの二人。 どこだったか 田舎の焼き物が有名な村にいって、大きな工場&お店 にJapon の団体さんがいたのさ。すっごく大きなお店で、お皿やつぼが ゴマンとあって、そりゃあ綺麗だったけど、どうみても実用というより お土産用。そして、やわらかい割れやすい陶器だったから安くて可愛い くて、欲しかったけど一通りざっと見て(その時ゴマンとあるけど場所 をかえて同じものがうんとあるのも見た) 団体さん用サービスチャイ をぐびぐび飲んでいたのです。 そこにお店のご主人らしきひとが来ていいました。 「ここの窯は代々わたしの家族がやっていて、日本はもちろんヨーロ ッパ人もコレクションしている人がたくさんいるのである」 (そんなような英語) 「とても魅力的である」 (わたしもそんなような英単語) 「みな喜んで買う。あなたは欲しい物はないのか」 「残念だが欲しいものはない」 そこでご主人じっと考える顔をして (でもトルコ人て少しでも黙るとなにごとか深く考えてるような顔) 「あなたが欲しいものはわかった。特別なものをみせよう。着いてこ い」 と言うと懐からかぎ束を出して奥にまねくのである。わたしは行きたく なかった。特別なもの=高いもの とわかっていたから。しかしご主人 は 「買わなくてもいい。本当にきれいなものをみせたいのだ」 と言ってひとの腕をつかんで連れていくのだ。 (買わなくていいなんて嘘だ〜) と思いながらも、そこはわたしも日本人。ふりほどくのもナンだ、と鍵 のかかった部屋に連行されたのでした。
しかもおやじは入ったとたんまた鍵をかけたんだよ。少しこわかった 。けど、隣からは団体さんのキャッキャの声も聞こえるしここから先は ノーマネー&アイムプアスチューデント 一本槍と決めていたので、腹 をくくって鍵部屋をぐるりと眺めたの。お店にあったカラフルな陶器は 一つもなくて、白地に藍色の植物文様の皿やつぼばかりでした。 「店の陶器は同じものをたくさん作る。だから安い。この部屋のもの は同じものは一つもない。」 (返事をしてはいけない。無関心そうにふーん、と頷く) 「ガラスケースにはいっているものはヨーロッパの貴族が買う。屋敷 に飾る」 (ふーん) 「良いものはみんな輸出用。国の方針だ。でも内緒ですこしここに隠 してある。だから鍵をかける」 (ふーん。外貨獲得だね) 「あなたは本当にきれいなものにしか興味ないのだろう。だから特別 にこの部屋に招待した。普通は予約の電話がなければこの部屋は見せ ない。わたしが留守の時にきてもわたし以外誰も鍵はもっていない」 (わかっていても上手いトークだわ。自尊心をくすぐるわ) 「あなたが欲しいのは あの皿だろう」 (ギャー なんでわかったんだ。ジッと見ないように気をつけていたの に〜) そう、わたしはトルコの象徴、石榴の実の文様の大皿が欲しかった。二 番目にチューリップの文様の中皿が欲しかった。で、返事をしてないの におやじは勝手に皿をだしてわたしの手に乗せるのです。裏返して、こ れが職人のサイン、これが国の認めた刻印、この窯の証明書&修理保証 書もつく、専用のケースもつけるから機内にもちこめば絶対日本に帰る まで割れない・・・等のすごい情熱(セールス)のトーク。 「ノーマネー」(弱弱しく) 「いくらならいいのだ」 「(だって・・・)ハウマッチ?(わ〜バカバカバカ)」 「230.000yen イスタンブールではこの4倍はする」 「(嘘だ〜)ベリエクスペンシブ。アイムノーマネー」 「こっちのチューリップはどうだ?180.000yen だ」 「ノー。アイムプア。」 「カードは持ってないのか?」 「ノー。アイムスチューデント。」 「いくら持っているのだ」 「一万円だけ。(バカバカバカ・・・・)」
沈黙。 「よしわかった。ならこれをあげよう」
さて苦しい攻防の結果どうなったか。ご主人は今までの話に全然でてき てなかった小皿を取り出すと 「本当はこれは30.000yen だけど、特別に10.000yen であなたにあ げよう。これは小さいけどほんとうに綺麗な品だし、あなたが持つに ふさわしい」 (もうだめだ。はじめから負け戦だった) 「ありがとう。でも小皿ならばわたしはアレがほしい」 どうせ、一万円でもらうなら気に入ったのにしよう、とわたしはご主人 の出した真中に大きな文様がはいった皿でなく、一面に唐草文様がはい った小皿を指さしました。 「う〜む。あなたは本当に趣味がいい。あれは本当は45.000yen だ けれど・・・ わかった10.000yen で差し上げよう。でも誰にもその 値段で手に入れたことを話てはいけない」
というわけで、ご主人は最初のお話とうり、特別ケースに入れ、証明 書&無期限無料修理の保証書(しかしトルコ語ゆえ読めないまま、帰国 後なくしてしまった)をつけ、 「はい、10.000yen」 と日本円の札を受け取り、誰にも内緒だ、とトルコ指きりのようなもの をさせて、やっと鍵を開けてわたしを解放してくれたのです。
いま、その小皿は化粧台でほこりをかぶっていますが、さてご主人は どこまで本当のことを言っていたのでしょう。予想どうりに進む展開に 自分で自分をバカバカバカと罵りつつも、お店には50人くらいお金を もってるJaponの団体さんがいるのに、(そう世界遺産を見に来たおばさ ま達は三千円くらいの大皿を20枚くらい買って航空便で日本に送らせ たりしていたの)どうみても小奇麗なバックパッカーにしか見えないわ たし一人を秘密部屋にまねいてくれた。海千山千のご主人にはともする とそういう日本人の方が大きな鴨であると知っていたのか。 でもね、心のどこかで、今でも わたしは特別扱いされたのだ、と思 いたいのです。一万円の小皿が本当は三千円でもいいの。欲しかった石 榴の大皿がふっかけていたとしても二十三万。お店の大皿は高くて五千 円だったんだもん。最後まで、わたしが いやここにも欲しいものはな い、と言い張ればたぶん部屋からだしてくれた と思うしね。
長くなったなあ。忘れられないトルコ。もう一人は、イスタンブール の若者。背が190cm以上あってね、トルコ一の大学の博士課程にいる (情報処理)と言っていた。トルコが嫌いで、トルコ料理を食べずベジ タリアンで、ムスリムが嫌いで仏教を学んでいて、親戚が嫌いで従兄弟 はみんなドイツで暮らしていて、ヨーロッパが嫌いでアメリカも嫌いで カナダに移民申請をしていて、来年にはカルガリーに行くのだと言って いた。 ふーん、と聞いていたけど、忘れられないトルコ人だったなあ。
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