フーチーひとりごと。
もくじ|昔に戻る|先へ進む
2003年12月13日(土) |
Fragile (SMW参加) |
沖縄に行くと必ず寄るのが「琉球ガラス」の店。 琉球って名が付くくらいだから、その歴史は琉球王朝時代にまで遡るのかと思ったら、これが明治時代くらいからの物やねんて。 ちょっと厚目の器に深く透き通るような青がなんとも綺麗。青系の色が主流だけど橙や赤も柔らかな暖かさがあっていい。 こういう店に入る時は動きも慎重になる。乱暴に扱えば壊れてしまうことは分かってるから器を手に取る時は両手を添えて、絶対に落とさないように。
「ガラスは壊れやすい」ってことは誰もが知ってることだから、扱い方も分かってるけど、人の心は目に見えないのでその壊れやすさ、儚さに気付かないことがある。 傷付きやすい人もいれば、傷付きにくい人もいるわけで、何気ない言葉が人の心を深く傷付けてしまう。 昔はセンシティブな神経だったから人の言葉には敏感だった。特に傷付けられる言葉には。相手はね、傷付けてるってことなんて全然思ってないんだよね。「今のはちょっと傷ついた」って言っても「え?なんでそんなことで傷つくの?」ってな感じやもん。 自分を基準にするとこうなんの。「自分ならこんなことくらい平気」って思うから人にも言える。だけど、同じことを俺が言ったらその人は本当に平気でいられんのかな。 「言われたとしても」という仮定で考えてるから平気って思えるだけで、実際に言われたらきっと平気ではいられんやろうな。 だから俺は人に対しても傷付けるような事は言わないように、しないように心がけてた。
けどね、気付いたことがあった。 「傷付くのは嫌だけど、実は傷付きたがり屋なんじゃないか?」って。 傷付いた時の自分に浸ってる自分が好きだったのかも。「傷付きやすい心=繊細な心」として繊細な心を持つ自分に陶酔しとったんだな。だから、何かにつけて傷付くきっかけを探しては、傷付きやすい自分を、人を傷つけない自分を「心優しい人」、自分を傷つける人を「心優しくない人」にして自分を善人にしたがってた。 単純に結びつけると「傷付きやすい人=心優しい人」になるんだけど、長所として「心優しいです」は言えても、「傷付きやすいところが長所です」とは言いにくいなぁ。 「それはどちらかと言えば短所では?」って言われそう。 うん、傷付きやすいということは「相手の気持ちを考えられる」というメリットもあり、「守りに入ってぶつかり合えない」というデメリットも持ち併せてる。
傷付いたり、壊れた部分は完全には治らないかも知れないけど、繰り返されるうちに分厚くなってくような気はするね。大人になった今は昔に比べれば随分神経も図太くなったし、少々の事で傷付いてる暇もないけど、「傷つける」ことを避けては通れない道もあることを知るようになる。自分を守るため、自分の大切な何かを守るためなら誰かを傷つけてしまうのも仕方がないと思う。
俺は気心の知れた仲になると、相手が傷付くだろうということを敢えて言う。傷つけることが目的ではなく、核心に触れるだけのこと。「結局そこをいったん壊さないと進めないな」って思う時に。これは、俺もそう。壊されたら痛いってのがわかってるから壊されたくないんだけど自分では壊せない。誰かに壊してもらいたい時があんのね。 もうヒビが入って簡単に壊すことできるのに、そういう時の心って壊すとなると勇気がいる。 そして大事なのが壊した後のフォロ。壊すだけなら簡単だけどちゃんと一緒に破片を集めてあげないとね。自分で壊しておいて「集めてあげる」ってのもおかしいけど、人の心にはジレンマや矛盾は常に起こるもんです。 俺には壊してくれる友達がいるし、壊してきた友達もいる。それはそういった『破壊と再生』を任せられる人であり、任せてくれる人。もちろん、そのまま人間関係までぶっ壊れた人もおるけどそういうことも覚悟の上。
恋愛に置き換えると誰もが共通して味わったことがあると思うけど、フラれた時って深く傷付くやん。もう再起不能とばかりに。最後まで優しく遠まわしに気を遣われて「俺よりももっといい人おるって」とかで締められた日にゃ、麻酔をかけられたようでその時の痛みは少しは和らぐかも知れないけど後からノコギリでギコギコされたように傷口がズキズキ痛み出す。 それやったら、ストレートに「他に好きな人できてん」とかスパっと切ってくれた方がその時の傷は深いかもしれんけど傷口が綺麗なだけにある意味すっきりするわ。
「傷付けてしまうな」と思う時は、憎まれてもいいからしっかり傷付けなアカン時もあると思うね。そういう時は傷付けてしまう側も心が痛むけど、「優しさ」だと思って中途半端な傷付け方されると余計に傷の治りが遅くなる。 人と本気で心から関わっていこうと思うなら、多少の傷付け合いはあって当然だと思ってないとね。 傷付けてしまうことを避けては通れない時は誠心誠意をもって本気で傷付ける。そして、何かを傷付ける時、壊すとき、その手にもしっかり痛みを感じて欲しい。感じなければ。
*** この文章は「SMW」に参加しています。***
|