mixiやってマス
ほのぼの日記
─ by chicker ─
最近は専らフジファブリックとthe pillowsのライブ参戦記録と化しています。

2001年04月17日(火) 思想の渦

ぼーっとしてたわけじゃないんですが、
ずーっと日記をさぼってしまって、
もうほんと、自分が情けない(;>_<;)

ところで最近、自分ってかわいくないなーと思えてきた。
いや別に、外見が可愛くないのは昔からだからいいんですが、
ものごとの捉え方といいますか、考え方ですね。

好きな歌手とか、本とか、
一番初めに出会ったときは、まだかわいく、
「いい声だなー」とか「おもしろいなー」とか思うんですが、
二度目からは、共通して、
「うまいなー」、「プロだなー」と思ってしまうんです。

感動する要因として、上手下手は関係ないことが多いし、
プロアマなんてもってのほかなのに、
なんでそういう可愛くない感想を持ってしまうんだろうな、
と、最近ちょっと気になっています。

でも、まあ、うまいからおもしろいとか
プロだからいい声だとかはやっぱりあるし、
間違った考えでもないんでしょうかね?
最近はプロでも聞くにたえない歌手も結構いるしね。
個人的な意見なので誰とはもちろん言いませんが(^-^;

話が少し戻りますが、何故、いつから
そういう感想をもつようになったかを考えてみると、
外からの影響が大きい気がするんです。

本の後ろには解説というものがついていて、
ときどき、他人の考えを押し付けられているような気がする。
ほんとうに解説だけならいいんだけど、
「ここの文ははこういう意味だ」とか書いてあって、
「あれ?そうなんだ。」と思ったときは、
たぶん自分の中では違う感想を持っていたけど、
解説者にうまく納得させられてしまっているのだと思うのです。
だって、読んで何を考えるかは個人の勝手で、
作者にだって考えを強要することはできないし、
何回か読むうちに考えがかわることもあるしね。

いままであまり深く考えなかったんですが、
そういう本の解説や、音楽番組のDJの感想には、
「うまい」という言葉がけっこうでてくる事がある。
それは多分、表現の乏しさからくるもので、
圧倒的なパワーで何の疑問もなく感動させられると、
うまく言葉がみつからなくて、
他の作家や歌手もプロなんだからこのくらいの感動を与えるべきだ、
という考えから、「うまい(巧い)」という感想が出てしまうんでしょう。
まあ、そういう考えはわからないでもない。(えらそう(^.^;)

そう考えると評判を先に聞いてしまう場合を除いて、
解説を読んだり聞いたりしなければ、
自分の素直な感想を言えるようになるという気がしますが、
それはやっぱり、この情報公開社会の中では難しいことだと思うわけですよ。
作家や歌手本人が、自分はこういうことを伝えたかった、
というのを明確にしておきたいという気持ちもわかるし、
受け手が、自分の持った感想を多くの人にも共感してもらいたい、
という気持ちもわかるんですよね。

情報の波というのは便利なことだけじゃなく、
下手をすると自分を見失う恐ろしいものでもある。
自分はこう思った、だけでは済まない。
その背景には何があるのか、本当にそれは自分の正しい考えなのか、
そうして自分を見つめ直すことも、時には必要なのではないでしょうか。

なーんて、今日は久々にシリアスになってしまったわ。(*^_^*)
毎回わかりにくい文章でダメね、わたしって(*_*)

今日の一言:空って不思議。

日記仲間(とお呼びしてよろしいのでしょうか?)の、
めぐさんに感化されて、空をよくみるようになった。
写真も撮ってみた。なるほど、電線のある空も悪くはない。
こんどHPにも載せます(∩_∩)


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