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ダラダラ長い小咄
2010年07月29日(木)

 定休日のレストランの厨房で、サンジは一人、試作メニューの開発に余念がない。
「だからお前なんで公式すっとばして答えが出るんだよ!」
「合ってたんだからいいじゃねーか!」
 ホールから聞こえる賑やかな兄弟の声に思わず吹き出しながら、完成した料理をトレーに乗せる。今回のテーマは地中海風。鶏ガラでだしを取ったスープと、肉と魚2品のメイン。ヨーグルトをベースにしたソースはここ最近では一番の自信作だ。サラダはあっさりとビネガーの利いたドレッシング、それから、半端じゃ無く食う奴らのために、パンもどっさりと。
 サンジが通っていた高校の2年後輩だったルフィは現在3年生。大学受験を控え、この夏休みが勝負だ。しかし、何時間もじっと座って勉強などできるはずもない彼が夏期講習などに通えるはずもなく、結局、3つ年上の兄、エースが週に2回、勉強を見てやっている。
 サンジが毎週日曜の定休日、新メニューの開発や、料理の研究のために店にいる事を知ったエースが、その時間、ホールのテーブルをひとつ使わせてはくれないか、と言って来た。実家のルフィの部屋では気を散らすものが多くて勉強にならないのだそうだ。どうせ自分は厨房に籠っているのだし、試作品の試食をさせる相手もできるという事で、快諾した。

「だから、まぐれ当たりじゃ意味がねーんだよ、ちゃんと理解してねぇと」
「まぐれ言うな!気合いだ!」
「アホか」
 エースに参考書でバコンと頭を殴られて、ルフィは頭を押さえる。
「痛てーーー!バカになったらどーすんだよ!」
「それ以上なりようがあんのか?」
「サンジ!」
 トレー片手にホールに出て声をかければ、ルフィが助けを求める様に振り返る。
「ほれ、今日のスペシャルメニューだぜ」
 そう言って、参考書やノートが一杯に広げられた彼らの後ろのテーブルに皿を並べる。
「うまほーーーーー!!」
 今にもよだれを垂らさんばかりに嬉々として立ち上がるルフィの襟首を捕まえて、エースが椅子に引き戻す。
「待てルフィ、お前はこの問題解けるまでおあずけだ!」
「ええええええええええ!!!!」
「お前はにーちゃんの言う事が聞けねーのか!?」
「飯に関してはきけねえ!!!」
「なら、週末の焼き肉食い放題おごりは無し!」
「うええええええええええええええええ!!!!!」
「これ一問解けば、サンジの飯も肉も食えるんだぞ」
「…………くっっ……!!!」
 さすがは兄というべきか、あのルフィを完全に押さえ込んだエースは、必死の形相で参考書に向かう弟を残して、さっさとサンジのサーブしたテーブルに着く。
「すまねえな、サンジ」
 にっこりと人好きのする笑顔で「座れば?」と隣の席を指され、サンジはどちらがこの店の人間なんだと苦笑しながら椅子を引く。
 サンジ達とは違う高校に通っていたエースとは、ルフィの紹介で彼が最近この店に来るようになって知り合った。開けっぴろげの笑顔や、意味不明に大物っぽいところが弟によく似ていて、サンジは最初から彼に好感を持った。
 彼はルフィよりはまだ常識人寄りだ。時々人語すら通じないルフィに比べれば、普通にコミュニケーションが取れる。何より弟との大きな違いは、実は頭がいいらしく、某有名理系大学に通っているところだ。何故か所属サークルはプロレス研究会で、去年、大学プロレスの大会で個人優勝したらしい。
 最初、大学進学はしたくないと言っていたルフィをその気にさせたのは、兄の「リングで待っているぞ」の一言だったとか。どうやらルフィはプロレスをやりがいがために進学を決めたらしい。
「いただきます!」
 ルフィを待つ気はないらしいエースが、いそいそとナイフとフォークを手にする。
「おう、今日のは特にうめぇぞ、心して食え」
 ニヤッと笑って、やはり一番最初に肉に向かったエースに言う。聞いてるんだかどうだか知らないが。
「うめぇ!すっげーうめぇよ!やっぱサンジは天才だな!」
 子供の様に目を輝かせ、もの凄い勢いで飯をかき込むエースに、サンジは満足げな笑みを浮かべる。今日の食いつき度は95パーセント、かなり反応はいい方だ。この兄弟、ゆっくりと味わいながら飯を食うなんて芸当はできないが、それでもどうやら味はわかっているらしい。好みの味付けならば食いつき方が違う。何にせよ、この食いっぷりだけは、実に料理人冥利に尽きる。
「うおおおおお!ずりぃよエース!俺もサンジのメシーーーー!!!!」
 耐え切れずに、よだれを振りまきながら振り返る弟を、兄は「コラ、おあずけ!ステイ!!」と、頭をがっしりと掴んで、力づくで参考書に戻す。弟いじめがえらく楽しそうだ。本当に仲のいい兄弟だ。一人っ子のサンジとしては、非常にうらやましい。
「食いたきゃさっさと解きやがれ」
 エースは行儀悪く口をもぐもぐさせながら、肘を椅子の背にかけて、参考書に向かう弟を振り返って笑う。
「くっそおおおおおおおおお!!!!」
「………ルフィ、参考書がよだれでベロベロになってるぞ」



 サンジが厨房を片付けている間、ルフィは兄に再度しごかれ、頃合いを見計らってサンジが出したデザートを食べて、その日の勉強は終了。すっかりそんなスタイルが出来上がったこの頃。
 一緒に店を出て、いつもの近道の公園を通る。
「いいか、気合いだ!気合いだルフィ!」
 夜の公園を歩きながら、最初は大学受験のコツみたいなものを伝授していたはずのエースだったが、何故かだんだんテンションが上がって来たらしい。
「おー!気合いで受かっちゃるー!」
「おっしゃー!その調子じゃゴルアー!」
「大学受験かかって来いやゴルアー!」
 兄弟はガバっと勢い良くTシャツを脱ぎ捨てると、両の拳を握りしめて、ボディボルダーみたいなポーズで額を付き合わせて叫ぶ。
「……何やってんだよ、お前ら」
 まったくノリに着いて行けないサンジは、呆れた顔で投げ捨てられた二人のTシャツを回収すると、ブランコに座ってタバコを取り出す。これで二人共完全にシラフなのが恐ろしい。大きい公園なので、周囲の民家は比較的遠いが、近所迷惑にならないといいが。
 それにしても、オラア!とかゴルア!とか言ってるエースの身体がもの凄い。力んでいるせいで、二の腕から肩、首と、胸の筋肉が見事に盛り上がってる。腹筋なんて、まさにシックスパックにバキバキに割れてるし。伊達に大学プロレスのチャンピオンではないらしい。それがどれだけ凄いのかよくわからないが、これは相当鍛えている。
 弟の方も、これがまた意外にそれなりだ。そう言えば最近身長も伸びた。エースが185センチだと言ってたから、もしかしたらルフィもデカくなるかもしれない。俺の身長抜かれたらかなりムカつくな。
 今や二人はプロレス技の応酬を繰り広げている。ラリアットを仕掛けてきたエースを身体を低くして避け、ルフィが後ろに回り込んでバックドロップを狙う。エースが身体を捻ってルフィの頭を抱え込み、パイルドライバーに入ろうとするも、ルフィは猫の様にくるりと身体を回転させて両足をエースの肩にかけ、そのまま回り込んで寝技に持ち込もうとする。しかし、ウエイトの差でエースは倒れない。地面に叩き付けられそうになって、ルフィはくるりと半転して逃げる。なんだかもの凄い攻防だ。
 突然ルフィがすぐ横にあるジャングルジムに駆け上ると、勢い良く飛んだ。ムーンサルト。しかし、エースがひょいと避けたせいで、べしゃりと頭から落ちる。うわ、受験生がおもいっきり落ちた上に、頭打ってって大丈夫かよ。
「よけんなよ、エース!」
 しかし、そんなサンジの心配をよそに、すぐにガバっと起き上がったルフィは、エースを指差しわめく。どんだけ丈夫なんだ、こいつ。
「アホか、避けるわ!」
「くっそー卑怯者!」
「だっはっはっはっは!大学チャンピオンのお兄様に勝とうなんざ100万年早いわ!」
「うるせー!プロレス王に俺はなる!」
「その前に大学受かれや!」
「うおー!俺は受験なんかにゃ負けねーーーー!」
「おっしゃーその意気だコラーーーー!」
 ―――――果てしなくアホだ。勉強はできるらしいが、エースがルフィと同類のアホである事は確実だ。

 ひと暴れして気が済んだのか、ようやく落ちついた兄弟にTシャツを渡す。砂だらけになってるルフィの上半身を、エースがTシャツでバサバサと払ってやる。手つきは雑だが、面倒見のいい兄だ。まあそのTシャツもルフィのだけど。
 エースは実家を出て、大学の近くにアパートを借りている。歩いて行ける距離にある実家に帰るルフィと別れ、サンジとエースは連れ立って駅に向かう。
「さっき頭から落ちたけど、大丈夫か、ルフィ」
「大丈夫、大丈夫、あれくらいでどうにかなるタマじゃない」
 ニシシ、と弟とよく似た笑い方。
「それに慣れない勉強なんてしてるから、発散させないと、この先続かない」
 ならば、さっきのあれは弟のストレス解消のためにやったって事か?どう見たって、自分が率先して楽しんでいた様に見えたが。
 疑いのまなざしを向けるサンジに、エースは、あ、と何かに気付いた様に足を止めた。何事かと、こちらも立ち止まり見上げるサンジの正面に立つ。
「髪の毛、はっぱ付いてる」
「お、サンキュ」
 「待って、絡んでる」と、片手を頭に添え、もう片方の手で細い髪が切れない様にそっと引っ張る。繊細な仕草が意外だった。これがルフィなら、きっとサンジの髪と一緒にむしり取っていただろう。もっともそれ以前に、葉っぱが着いている事自体に気付かないだろうが。
 「取れた」と得意げに笑って、エースは大きな手で小さな葉っぱを持って指先でクルクルと回す。
 節の高い、大きくて男らしい手を、サンジは奇麗だと思った。長い指は器用そうで、手品なんかしたら似合いそうなんじゃないか?と妙な感想を持つ。
 そんな事を考えながら、ぼおっとエースの手を眺めていたら、ふいにその手がす、と伸びて来た。
 髪に触れられて、驚いたサンジは、ぱたりと一つ瞬きをして、目を見開く。エースはサンジの髪を指先で2、3度梳いてから、大きな掌でゆっくりと頭を撫でる。乱れてしまった髪を直してくれたのだろうが、えらく慎重で優しい手つきがらしくない。
「え、えーと…ありがと…」
 いつまでも離れない手に、居心地の悪い思いでエースを見上げたサンジは、じっと見下ろしてくるその表情に息を飲んだ。
 エースは、いつになく真面目な顔でサンジを見つめていた。
 笑っていないと、彼はまるで知らない男のようだ。いつもルフィに良く似た屈託のない笑顔の印象が先に来て気付かなかったが、こうやって改めて見ると、悔しいかな、かなり男前だ。
 そう意識したら、何故か妙に恥ずかしくなって来た。頬がジワジワと熱くなって来て、サンジはエースからぎこちなく目を逸らす。
 沈黙に耐えられなくて、髪に触れていたエースの手を乱暴に掴むと、えいや、と関節を決める。
「スキあり!!!」
 そのままくるりと反転して彼の懐に入り、投げ技に持ち込もうとしたら、ふわりと身体が浮いて、腹を抱えて簡単に持ち上げられた。
「バックドロッブーーーー!!」
「ぎゃー、止めろー!俺はルフィみてーな石頭じゃねー!」
 本気でビビって、必死で腹に回ったエースの腕を掴んで足をバタバタさせる。
「うっそー」
 エースは笑いを含んだ声でそう言うと、よいしょ、とサンジの身体を軽々と揺すり上げた。気が付けば片手で抱っこ状態だ。
「ちょ…!…な…!!」
 何が起こっているのか理解できていないサンジを、もう一度よいしょ、と揺すって、今度は正面から抱く体勢に落ち着いた。尻の下あたりにエースの組んだ両腕。まるで子供にするみたいに軽々と扱われた事とか、ビビって思わずエースの頭に両手でしがみついていた事とか、色んな事が衝撃的で、サンジは声もなく口をパクパクとさせる。
「俺に技掛けようたあ、お前もいい根性してるな」
 エースは腕に抱えたサンジの顔を見上げて笑う。
「ふ…ざけんな!下ろせよっ!!」
 その肩に両腕を突っ張って必死で身体を離そうともがくのに、逞しい腕はびくともしない。くそ、ムカつく!と思いながらも、サンジはエースの笑顔に安堵していた。先ほどのおかしな雰囲気は気のせいと言う事にしておこう。
 すたん、と地面に落とされて、ホッとしたのもつかの間、エースの腕はサンジの腰に回ったままだ。正面から抱き合う姿勢に、サンジは益々混乱する。
「おい…なんで…」
「ん?何?」
 おもしろがってるような声、だけど、いつもより甘ったるく聞こえるのは気のせいか。
 エースの顔をまともに見れなくて、視線を彼の口元あたりに彷徨わせる。それが間違いだった。
 目の前に、形のいい唇。いつも大口を開けて笑っているその唇は、よく見れば、なんだかセクシー……というより……。
 エロい、なんかエロい。
 印象に違わず大きめの口は、唇に適度に厚みがあって、はっきりとした輪郭が男らしい。上がった口角は、愛嬌があるけど、同時にとてもセクシャルだ。
 ふと我に返れば、男の唇を凝視していた自分に気付き、サンジは激しく動揺した。顔に血が上って来る。ついさっきまで、騒々しくてバカばっかりやってる、ただの男友達だったはずなのに、一度意識してしまうと、どうやって普通に振る舞えばいいのかわからない。
 エースの視線を感じる。ますます頬が熱くなって顔を背けようとしたら、目の前の唇が、く、とつり上がる。ニヤリと肩頬を上げた意味深な笑いは、これまで彼が見せた事の無い類いのものだ。
 す、と顔が寄せられて、サンジは思わず身を硬くする。
「なあ、今度はルフィ抜きで、二人で会おうぜ」
 低く、甘く耳元で囁く声は、それが語る言葉以上に、色んな事を伝えて来る。
 この男、実はものすごいタラシなんじゃん?とか、もしかして、俺に惚れてる?とか、キスが上手そうとか、エッチなんかそれ以上かも、とか、とか―――。
 すごい勢いで色んな事を妄想してしまったサンジは、心臓までバクバクしてきて、気付けばしっかりと密着している胸からエースにバレないかとハラハラする。
 ルフィと同類のアホだと思ってたいた彼の兄には、サンジの知らない一面があったようだ。これから、それを嫌という程知らされるのであろう予感がする。
 色々いっぱいいっぱいで、頭がパンクしそうだ。言葉も出ない様子のサンジに、エースはクスクスと笑って、髪に何度もキスを落とす。腰を抱いていた腕は、いつの間にか背中に移動して、がっちりと抱きしめられていた。
 とりあえず、火照った顔をどうにか隠したくて、サンジはエースの胸に顔を埋めると、考える事を放棄して、身体の力を抜いた。



長い!長いよ!小咄なのに何この長さ。
この間の日記で、兄の唇エロい、と書いたので、そのエロい唇にクラクラしてるサンジちゃんを書きたかったんですが、余計なとこが長いっつーの。

大昔、このサイトを立ち上げる前に書いていたパラレルもので、花屋のエースっつーネタがあったんですが、そのエースが大学プロレスのチャンプでして、いつかそのネタ使いたいなあと思ってました。
今はどうだか知りませんが、当時(2002年頃)チラと目にした大学プロレスは、どうやらルチャ系メインで、アホな(失礼)覆面やコスチュームで……お笑いプロレス?な感じでした。そんなアホな事を兄が本気でやってたらおもしろいなあと思った訳です。

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