昨日のこと。 仕事場で向かいの席の人が似たような、似たような じゃないかほぼ同じワイシャツを偶然着ていた。 スーツだったら同じってこともあり得るけど私服OKの 会社でそれはかなり珍しいと思う。
同じ服じゃないし気にすることはないんだけど 席以外は同じ場所に行かないように注意したり 変に気をつかっちゃった。
しかも、帰るタイミングが同じになって一緒に帰るのを 相当ためらった。その人はときどき途中まで一緒に 帰るし嫌いじゃないんだけど、男二人で似たワイシャツを 着て歩くのはちょっと…。
偶然、同じ部署の人に声をかけられて話をしていたら 先にその人は帰っちゃった。ホッとしたような、そんな 理由で一緒に帰らないのは申し訳ないような複雑な 気持ちだった。
■自分が自分であるという事 今、東野圭吾の「変身」っていう小説を読んでいる。 まだ読み始めて、そんなに経っていないけどこんな 内容の本だ。 ------背表紙の文章一部引用------ 平凡な青年をある日突然、不慮の事故が襲う。 そして彼の頭に世界初の脳移植手術が行われた。 優しい恋人を愛していた青年は、手術後徐々に 性格が変わっていくのを〜 --------------------------------
まだ、途中までしか読んでないけどいろいろ 考えさせられた。 人間は変われるって言う人も変われないっていう 人もいる。どっちも本当でどっちも本当じゃない。
変われる部分もあるし、変われない部分もある。 いい意味でも悪い意味でも。
でも、その小説の中の青年は変わってしまう。 脳のごく一部が別の人の脳になってしまったからだ。
もし、本当に脳移植が可能になったら…って 考えると恐くなる。心とか思い出とか性格は 脳の中にある。もしそれを移植したら 自分が自分でなくなってしまうのだ。
他人の脳じゃなくて科学的に生み出させた 細胞の固まりを移植したとしても、なくなった 部分にあったものは消えてしまう。
クローン人間がアリかナシか。 今、医学の世界で議論されている。 脳移植も議論されているんだろうか。
臓器移植ならいいと思う。ドナー登録をしても いいかな?って思うくらい。でも、自分が大きな 事故にあって脳移植をするってなったら あまりして欲しくない。 自分が自分であるために。 |