■ 今は亡き偏食大王 昨日、そうめんを食べた。 昔、そうめんってほとんど食べたことがなくて 大人になって一人暮らしをしてから食べるように なった。
何年か前に、なんで食べたことなかったんだろう?と 思って母親に聞いてみたら「好きじゃないから」と 答えが返ってきた。 そうめんより冷や麦が好きらしい。 どうせ似てるものなら…って言うことなんだろう。
そんなことを考えていたら昔食べれなくて 今、食べられる物ってけっこうあるなぁって思う。 小さい頃、偏食大王で給食の時間が終わっても 机の上に給食がのっている子供だった。 といっても無理して食べようなんて思わないで ずっと放っておいて帰るときに給食室に食器と 中身を返しに行っていた。
昔食べれなくて今食べれるも。 なす、ピーマン、里芋、キノコ全般、卵の白身 にんじん、などなどなど。書ききれないくらい 覚えていられないくらい。
食べれるようになった理由は気が付いたらとか そういうものもあるけど、人とご飯を食べに 行くようになったというのがある。 見栄っ張りなのか、苦手な食べ物が料理の中に 入っていると何事もないように食べちゃうことが 多い。それで本当にダメな場合は次から食べない。
食い意地と見栄っ張りのおかげで 今ではほとんど食べれないものはなくなった。 食い意地と見栄っ張りってすごい。
■ 地雷
ほとんどのことに対して、そんなにこだわりは ない。全くないわけじゃなくて意見が分かれると 最初に折れてしまうタイプ。 「ま、いっか」とか「どっちでもいいよ」って 思うことが多い。なんでも言い張って自分の 意見を通そうとすることはない。
だけど、どうしてもダメなポイント(地雷)が いくつかある。「ハーネス」という日記のように 子どもに対してとか。納得のいかないこと。
みんなそういうもの持ってるのかな。
■ 続・ハーネス
一昨日くらいに“ハーネス”って言う日記を書いたら いつになく掲示板に書き込みをもらった。
一人一人の書いてもらった書き込みに 返信を付けようと思ったんだけど、“ハーネス”の 続編を書くことにしました。
前の“ハーネス”ではなんでイヤだって思ったのか あんまり書いてなかったから、その辺を書きます。 なんでそう思ったのかは、書き込みをしてもらってから 考えたこと、形になったことだからある意味、後付けに なっちゃうけど、その辺はご了承ください。
アメリカの場合、治安が悪くて誘拐防止という 理由で付けているのかもしれません。でも、それを ちゃんとわかって意識して付けている日本人が いったいどれだけいるんでしょう。
ほとんどの理由は「抱っこしてると重くて疲れるから」とか そういう理由だと思います。 弟が小さいからわかるんです。確かに手を繋いでいるのは 大変だし予測できない行動で思わぬところに行こうと するけど、子供に意識をちゃんと向けていれば 大丈夫なんです。
親が買い物を楽しみたいから少しでも子どもから 意識を放せるようにハーネスを付けている人が ほとんどなんじゃないかな。 確かに手を繋いでいたり抱っこしていたら買い物は ゆっくりできないけど、ハーネスならできるから。
ゆっくり買い物をしたり自分の時間が欲しいのは わかるけど、それは親の一方的な意見。 親は子どもを見る責任があるのだから、手がかかる うちは100%気持ちを子供に向けてあげないと いけないと思う。 どうしてもゆっくり買い物したり自由な時間が 欲しいなら旦那さん(奥さん)に子どもを預けて 一人で息抜きに行くべきじゃないだろうか。
ハーネスって言う小さい部分だけを見て言うのは おかしいのかもしれないけど、子どもに対する 責任感がない(少ない)親の典型に思えた。
親が子どもを虐待したり、パチンコをしていて 車の中で子どもが熱射病になっちゃうのと 紙一重に見えた。
まだ結婚してなくて26才なのにこういう事を 考えてるから「変に落ち着いている」とか 結婚して子どもいると思ったとか言われちゃうんだろうな(笑) |