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341 名前: anything king 投稿日: 2000/07/31(月) 02:57
宗教に入る=神様とやらに頼るってことだろう? そんな物に頼る奴は弱い奴だ、当然強い奴なんてそうは いないだろう。しかし、強くなろうと思う奴は 神なんかに頼らないだろう。カミサマに縋る奴は 逃げた奴もしくは臆した奴なんだよ。 強くなろうと思う事を止めて、楽をしたいって 思う奴がカミサマにたよるんだよ。 痛みも苦しみも自分の一部という事を知って 矜持に変える事ができるかできないかって事が 大切なんだと思う。 宗教は人間を脆弱にする・・・・そのとうりだ 人格なんかどうでもいい 己の矜持がハッキリと わかるようにならなきゃ いけないんだよ とオレは思う。
342 名前: SV 投稿日: 2000/07/31(月) 09:09
anything king さん(341)
凄くいいことをおっしゃいます。 そうですよね。結局どんなに神様のお手伝いをするときれい事言っても、 結局は「自分は救われたい」という気持ちがどこかにある。 「自分は救われたい、地獄に堕ちたくない、来世でいい思いをしたい、 この世で裕福になりたい、貧乏になりたくない、病気になりたくない、 苦しい思いをしたくない、たとえ苦しい思いをしても、あの世で楽になりたい」 このような気持ちが皆どこかにある。 結局は自分が楽をしたいだけだ。それも神様にすがって・・・ 辛いことからは逃げだし、神に救いを求める・・・
更にその気持ちを利用する宗教団体・・・ 組み手の恐怖心を煽り、嘘をつき、純粋に神を信じる組み手や 本当に困った組み手から貴重な時間と金銭を搾取する団体・・・ 世界真光文明教団もその一つであることは否定できない。 事実何度も私は恐怖心を煽られている。霊現象、ノストラダムス、戒告現象・・・
本当に組み手の・・・いや全ての人間のためを思うのであれば、霊線保持御礼も 御祭りも、御み霊も、祈詞も、手かざしも、教え主様も、無くして組織解体すればいい。 堅苦しいことを排除して人のために何かを出来る人間を育てる教えを広めればいい。 神は人の上に人を作りはしなかった。 支配されるもの、支配するものがこの世に存在することは否定しない。 しかし、宗教に限ってだけはそのような関係が有って欲しくはない。 宗教団体は企業ではない。 神が関わるのが宗教である。神の下の平等・・・ この言葉を言うことが許されるのであれば、教え主様、導士さん、幹部の方・・・ 全てが不必要である。我々は教えの書いてある本を読み、神を感じさえすればよい。
世界真光文明教団の教えは脆弱である。 これはもうこのスレッドで証明されている気がする。 この教えは決して素晴らしいものではない。 決して世の中の人を全て救える教えではない。 世界真光文明教団を全世界に広めることは幸福なことというよりもむしろ、 私のような恐怖心に駆られ日々の生活の中でびくびくした毎日を送らなければならない 人を増やすばかりであると思う。
この考えには組み手の方から異論反論が出ると思います。 どうかおっしゃってください。 私もまだよく分からないのです。
343 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/07/31(月) 10:02
ごくびじっそう・・・・・。 おしずまり〜。鼻ズマリ〜。
344 名前: SV 投稿日: 2000/07/31(月) 11:30
分かりました。なぜか私が離れられない理由が。 同族意識です。団体意識です。家族意識です。 心地よい快楽をそれらは与えてくれます。 御祭りもそうです。快楽です。 組み手の方が集まれば集まるほど快楽は増大する。 あぁ・・・我々は素晴らしい・・・ 我々は神のために素晴らしいことを行っている・・・ 教え主様万歳!世界真光文明教団万歳!
すみません、本当に最近情緒不安定です。
345 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/07/31(月) 13:40
人間の心を不安を埋めるものとして、人々に求められる宗教。 人間の価値観のすべてになりかわる宗教。 あるときふと疑問の生じる宗教。
真光は脆弱です。 歩いている、次の一歩の右足が、地面につくものと信じて 歩きつづけるだけの安心を、真光は裏打ちするが出来ません。 今道場にいるご年配の方々の心の隙間は埋めるとも 新しく生まれ出た人間の、すべての価値観とはなりにくい。 真光の教えは、社会ルールとの折衷がなければ欠陥思想です。
344の快楽は、自我が溶け出す快楽でしょうか。 個体としての意識が芽生えかけたときに、溶け出す快楽を 覚えてしまう。ドラッグ、かもしれません。 しかし溶け出す快楽を演出した主体は、いわゆる古い人たち です。SVさんは、彼らとは心の成立過程が違います。 彼らの犠牲になってはいけません。
346 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/07/31(月) 14:17
おしずまり〜!
347 名前: anything king 投稿日: 2000/07/31(月) 14:35
情緒不安定結構 悩んで悩んで考えた答えが 正しい事かどうかなんかどうでもいいんだよ 要はどれぐらい真剣に悩んで考えてかって事が 大切であって結果なんかどうでもいいんだよ 結果は放っておいてもでる、でも悩む事は 放っておいてできる事じゃない。 悩む事=逃げずに戦う事(戦うってのは変かもしれないがこんな表現しかできなかった) 正しい事は今の世代が決めるんじゃなくて 後世が決めるんだよ。 だから精一杯今を生きていく事が大切なんだよ 悩んであたりまえ悩まない奴なんていない いるとすれば逃げた奴か死んだ奴なんだと思う SV殿 結果を畏れるな今は考える時だ 悩んだ末に出した答えが貴方の正義だ
348 名前: 私 投稿日: 2000/07/31(月) 17:14
地獄についてですが、吉野秀雄『やわらかな心』からの引用です。 「さて、昭和十九年に妻のはつ子が四十一歳で死ぬ夜わたしにどんなことを告げたか。まず「自分には死後の世界は信じられない。人間はこの世だけで終わるに違いない。そしてこの世に関するかぎり、自分は幸福であったとあなたに感謝する」といい、つぎに「黙っていてもあなたは子らの面倒をみてくれるに違いないから、いまさら改めて四人の子らをよろしくたのむなどとはおかしくていえない」といい、それから「これから戦争のはげしくなる一方のこの世に生きていかねばならぬあなたや子らは、死んでいく自分よりもはるかにつらいだろう、どうかしっかりやってください」といった。 はつ子は死にぎわに「あの世はないものだ」と冷静にいいきったが、その点についてわたしはどう反応したかというと、あの世がないならば、わたしがあの世をこしらえよう、そこで再び彼女に会うめあてがないとしたら、とてもこの世を生きていけるはずがない。と、わたしはそうおもった。 お前は否定する、それは正しいであろう、だがそれならば、おれは自力であの世をおし立て、それがたとえ地獄だとしても、その地獄の火を掻き分けて会わずにおかぬ…。」 うらやましい話で、私もこの人と一緒なら地獄へでも行く、というような人と結婚していたらと思います。 『往生要集』に罪人が、 「我いま帰する所なく 孤独にして同伴なし」 と訴えながら無間地獄に堕ちていく場面があります。地獄とは訴えても、泣きわめいても、うめいても、何の甲斐もない所、すなわち孤独です。
349 名前: 私 投稿日: 2000/07/31(月) 17:34
>331さん >因縁は消滅する。 言葉じりをとらえるようですが、因縁が消滅する、というのはどういう意味ですか。 細かいことをうるさく言うと思われるでしょうが、言葉の意味をきちんとしないと、詐欺の論理に丸め込まれてしまうことがあります。 因縁の普通の意味は、 種をまく(因)と花が咲く(果)。しかし種をまけば必ず花が咲くわけではない。縁がなければならない。では縁とは何か。太陽の光、水、肥料など、あるいは、学校の宿題だから種をまいた、台風の被害を受けなかった、猫が植木鉢をひっくり返さなかった、などなどです。 ですから私が今ここにいるための縁は無数にあり、縁の全てを知ることなど不可能なわけです。あなたが苦しい目にあっているのはこれこれの悪縁のためだなどと簡単に言えるものではないです。まして過去の因縁をどうこうできるものではありません。 「過去と他人はどうすることもできない」 という言葉は名言だと思いますし、過去と他人を何とかしようと悩むのも事実です。
350 名前: p 投稿日: 2000/07/31(月) 19:09
svさん思いつめ杉だと思います。 別に人に迷惑掛けるわけじゃないんだし。
悩むことも大切なことだと思います。 それをお仕組み、試練と受けるか萎えちゃうか。 今後続けるせよ止めるにせよ何の疑問も抱かず続けるよりずっと良いと思います。
私は生まれる前から親戚の多くが組み手で、三親等の人が指導部長だったりしたんで 小学校のときには組み手になったものですが、ここ10年位ろくにおみたまもつけてません。(^^; まぁ家族はバリバリやってますが。何の霊障も無いのは家族のおかげ?
私が萎えた理由は色々あるんですが、良い御教えもあるし否定する気にはなりません。 絵に描いたような上級組み手の祖母はとても尊敬できるし。 いろんな人がいるように、神向きも人それぞれでしょう。
長文で訳わかんないですね。失礼。
repe

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