エンターテイメント日誌

2005年10月14日(金) エンニオ・モリコーネ IN JAPAN 2005

これは前回の日誌からの続きである。

さて、小泉総理がコンサート会場に駆けつけたのは東京国際フォーラム Aホール、筆者が聴いたのは大阪のフェスティバルホールである。どうも大阪と東京では曲目がかなり異なっていたようである。東京でのみ参加したヴァイオリンの葉加瀬太郎とオペラ歌手フィリッパ・ジョルダーノとの共演を考慮した結果なのだろうが、東京公演ではずらりと日本未公開の作品が並び、マニアックというか渋い選曲となっており余り一般向けではなかったようだ。

ところがどっこい、大阪の曲目はまさに王道。これぞ名曲のオン・パレードであった。DVDで発売されているアリーナ・コンチェルトと8割方重複しているので参照あれ。ちなみにこのDVDは実に感動的な記録なので今回のコンサートを見逃して悔しい想いをされている方には是非お勧めする。

地下鉄を降りて会場に向かって歩いているとあちらこちらでイタリア語の会話が聞こえてきた。大阪にも案外イタリア人が住んでいるんだなとぼんやり考えていて、はたと気がついた。嗚呼、みんなコンサートに行く人達なんだ!イタリアから大作曲家が来日したので在阪のイタリア人が大挙して押し寄せたという訳である。

モリコーネは現在76歳だが、元気なおじいちゃんだった。しっかりした足取りで現れて背筋を伸ばして厳粛な面持ちで指揮をする雄姿は、大指揮者・朝比奈隆の晩年の立ち姿に重なった。聖歌隊を指揮する神父(パードレ)のような雰囲気でもあった。

演奏するのはフル・オーケストラに合唱を加えて総勢200名余り。合唱は日本人だがオーケストラの団員は全てイタリアからやって来た。それにピアノとソプラノ独唱が加わるのだからそれは壮観である。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」を聴くと即座に想い出すのはアヘン窟でヘロヘロになって哀しげに笑うデ・ニーロの衝撃的なラスト・カット。あの孤独、救いようのない絶望をモリコーネの音楽が優しく包み込むように慰撫する。

「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画とモリコーネの付けた音楽は我が生涯最愛のものである。奇跡のように甘美で切ないその愛のテーマは筆者の結婚式で使用したくらいだ。

米アカデミー作曲賞にノミネートされた「マレーナ」も心に滲みる名曲だ。嗚呼、愛しのモニカ・ベルッチ!イタリアの宝石よ...

マカロニ・ウエスタン(英語だとSpaghetti Western)など初期のモリコーネ・サウンドに計り知れない貢献をしたのはエッダ・デル・オルソの美しいスキャット(ヴォーカリーズ、歌詞のない歌声)なのだが、今回参加した歌姫も実に見事で「続・夕陽のガンマン」「ウエスタン」「夕陽のギャングたち」などを聴いているとセルジオ・レオーネ監督の描いた開拓時代のアメリカ西部の雄大な映像が瞼に浮かんでくるようだった。

そして何と言ってもこのコンサートの白眉は最後に演奏された「ミッション」組曲だろう。気高く響く"ガブリエルのオーボエ"に始まり合唱も加わって壮大なフィナーレへとなだれ込む。筆者はカンヌ映画祭でグランプリを獲った「ミッション」という映画は大嫌いである(評価はF)。西洋人の思い上がり、作品の根底にあるキリスト教こそ唯一無比の宗教であり、それを布教された南米の人々は絶対に幸せな筈だという確信に虫酸が走る。しかし映画の出来と音楽は全く別である。モリコーネが付けた曲は「ニュー・シネマ・パラダイス」などと並び彼の最高傑作の一つだろう。今回のコンサートでもフィナーレの崇高さには鳥肌が立ち、体が震えるのを押さえることが出来なかった。天国の門は開かれた。そしてそこから確かに神の声が聞こえてきたのである。ビバ!モリコーネ。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]