2004年06月20日(日) |
新生ハリー・ポッターを解析する!<アズカバンの囚人> |
映画「ハリーポッターと賢者の石」と「秘密の部屋」の監督をしたクリス・コロンバスは原作で描かれた世界を忠実に映像化する(ビジュアライズ)という点では立派に職務を果たしたと想う。彼は何も足さず、何も引かなかった。ウェル・メイドな娯楽作ではあるが、それ以上でも以下でもなかった。しかし、今回「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」に抜擢されたメキシコ出身のアルフォンソ・キュアロンという人は、確立したスタイルを持つ才能溢れるフィルムメーカーである。「アズカバンの囚人」には前二作にはなかった気品が加わり、より格調高くなった。原作の面白さにキュアロンの映像センスが単に足されたのではなく、かけ算の効果を及ぼしたのである。これは掛け値なしに傑作である。評価は勿論Aだ。
一年半前の2003年1月18日の日誌に既に解説しているのだが、キュアロンの映像を特徴づけるのは緑の色彩=キュアロン・グリーン(筆者命名)である。「アズカバンの囚人」では今まで描かれなかったホグワーツ魔法学校周囲の自然描写が豊かになり、緑や青の色彩が映画を支配するようになっている。特に渡り廊下の場面がなんとも美しい!また、今回は全編を通じて荒れ模様の天候で物語が展開し、それが映画のダークなトーンを決定付けている。ハリーたちがホグワーツに戻ってくるときは土砂降りで、クィディッチの試合も激しい暴風雨の中、決行される。冬の場面も前例のない大雪が降りしきる。その他の場面でも常に曇天空で日が差すことが一切ない。また、本作では<時間>が重要なキーワードになるのだが、巨大な振り子時計が映画の前半から強調され、そのテーマを象徴するといった具合に、緻密な映像設計が施されており唸らされる。監督が替われば映画もこれほどまでに様変わりするものかと改めて驚かされる。原作者のJ.K.ローリングはキュアロンの傑作「リトル・プリンセス」が大のお気に入りだそうで、今回の人選は正に的確であったと言えるだろう。ただ残念なのはキュアロンと長年組んできた朋友、撮影監督のエマニエル・ルベツキーがこのプロジェクトには参加しなかったことで、彼が撮影を担当していればさらに美しい映像に仕上がったのではなかろうかと、そのことだけが惜しまれる。
今回様変わりしたのは監督だけではない。ダンブルドア校長を前二作で演じたリチャード・ハリスが死去し、マイケル・ガンボンが後を引き継いだ。見た目に変化はないのだが今度のダンブルドアは生気に満ちており、なんだか若返りの秘薬を飲んだのではないかといった印象(笑)。最初は違和感があったのだが、慣れてくると今回の新生校長の役作りも悪くない。無理に先代の模倣をしようとしていないところに好印象を受けた。
ハリー・ポッター・シリーズで今まで一番見栄えがしなかったのが特撮である。人物と背景の合成に違和感があったし、「秘密の部屋」の妖精ドビーとか巨大蜘蛛アラゴグとかCGによるクリーチャーの動きが拙く、例えば「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムとか大蜘蛛シェロブと比較しても明らかに見劣りがした。しかし今回の特撮チームはなかなかよく頑張っていると想う。夜の騎士バスの場面は面白いし、新しいCGキャラクター、バックビークの造形も素晴らしい。
しかしスタッフの中で特筆すべき仕事をしたのは何と言っても音楽のジョン・ウィリアムズだろう。今回は力の入れ方が違う。前二作から流用している主題(モチーフ)はヘドウィッグ(ふくろう)のテーマのみ。後は全て新しいモチーフで構成されている。ロッシーニ風の<マージおばさんのワルツ>、ジャズ風で「スター・ウォーズ」の<酒場のバンド>を彷彿とさせる<夜の騎士バス>、そして英国情緒たっぷりの<過去への窓>などバラエティに富んでいる。その中で筆者の一番のお気に入りは<バックビークの飛行>と、愉しい主題歌<ダブル・トラブル>。是非ジョンには本作で6度目のオスカー受賞を期待したい。<ダブル・トラブル>の歌曲賞ノミネートも可能性が高いが、結局はロイド=ウェバー作曲のミュージカル映画「オペラ座の怪人」の新曲"No One Will (Would) Listen"がほぼ間違いなく受賞するだろう。
今回卓越した能力をフルに発揮したアルフォンソ・キュアロンはまる二年間このプロジェクトに携わり、煩い原作者にもお付き合いしないといけないし、映画を完成させた現在、疲労困憊している模様である。さて、彼がこのシリーズの第五作以降に再登板する可能性はあるのか?それとももう二度と御免だとばかりに断固辞退するのか、これから目が離せない。是非もう一度彼が描くポッター・ワールドを観てみたいのだが・・・
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