2004年03月17日(水) |
<イノセンス>あるいは鈴木プロデューサーのしたたかさ(後編) |
押井守がその才能を存分に開花させ世間を瞠目させたのが「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」である。そして平成ガメラ・シリーズ成功の立役者、脚本家の伊藤和典と組んで「機動警察パトレイバー」などエンターテイメント性に富んだ快作群を世に送り出して一時代を築いた。特に東京を舞台に自衛官のクーデターを描いた「機動警察パトレイバー2 the movie」は途轍もない大傑作であった。ウォシャウスキー兄弟を熱狂させ「マトリックス」でそっくり真似された「攻殻機動隊」も押井と伊藤のコンビ作である。
ただ、押井という作家は何らかの制約、枷(かせ)がないと万人に受け入れられる娯楽映画が撮れない人のようである。その枷とは原作付きという条件だったり、第三者に脚本を任せるといったことなどを指す。もし押井のすき放題に自由にさせると「天使のたまご」や「迷宮物件」みたいな観念ばかり先走った訳のわからない前衛的な作品に仕上がってしまう。まあそれが押井の真の姿であり、「イノセンス」まで押井という作家は昔からちっとも変わらないなぁという感慨も一方ではあるのだが…。
さて、伊藤とコンビを解消した押井は「イノセンス」で自ら脚本を書いた。だから雰囲気的に「天使のたまご」に近い作品になった感は否めない。特にあの引用の多さには閉口させられる。そこで今回押井の作品をエンターテイメントとして昇華すべく導入された枷こそがスタジオ・ジブリの名物プロデューサー、鈴木敏夫である。実はこのプロジェクトは押井が「攻殻機動隊」の続編を製作するという企画段階で躓いたのである。押井が監督では制作費を出費しようという企業が全然現れない。資金が回収できる見込みがないので皆尻込みしてしまったのである。そこでプロダクション I.Gの石川光久プロデューサーは鈴木に話を持ちかけた。「攻殻機動隊2」というタイトルを聞いた鈴木はこう怒ったという。
「なめるなよ、石川。12万人しか動員していない作品の続編が、どうして売れるんだ」
そこで鈴木プロデューサーの発案でタイトルは「イノセンス」とし、「攻殻機動隊」という名前は一切表に出さないという戦略に転換された。さらに伊藤君子の唄う「フォロー・ミー」を主題歌にするように押井に熱心に働きかけたのも鈴木だそうである。そのあたりのことはここのサイトに詳しい。映画宣伝のための物量作戦も凄まじかった。「風の谷のナウシカ」DVDにまで「イノセンス」の予告編が収録されていたくらいである。日本での公開日までにドリームワークスと契約を結び、北米公開を決めたのも鈴木の力だろう(何故スタジオ・ジブリと提携しているディズニーではないのかが大いに疑問だが。もしかすると何らかのトラブルがあって「ハウルの動く城」もドリームワークスが北米配給権を獲得したりして!?)。
だからこの押井色の強い手ごわい「イノセンス」が辛うじて娯楽映画として成立し、そこそこのヒットとなっているのはひとえに鈴木プロデューサーのしたたかさのおかげと言えるのではなかろうか?「攻殻機動隊」の続編という情報なしに映画館に足を運び、物語展開に完全に置いてきぼりを喰らって怒っている人々は、鈴木の術中にはまり見事に騙されたのだというのが真相なのである。鈴木敏夫、恐るべし。
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