狛犬堂備忘録


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2010年08月06日(金) 西へ。

そしてまた新幹線の中である。窓外は天頂の暗い青と地平線のオレンジをつなぐグラデーションに染まり、車内は発泡酒やら麦酒やら弁当の香りに満ち満ちている。小さいころ見に行ったプラネタリウムの始まりがいつもこんな風景だった。低く地を這う黒いシルエットと化した家やマンションにともる灯がひとつひとつの暮らしや家族を浮かび上がらせて、空には気の早い星や惑星が眸を見開く短い宵闇の刻。むかしむかし、死病を得て入院している親を見舞った帰りには、目に映る小さな灯がみなどれも幸せそうに輝いて見えたものだ。とある商社の入社面接でなぜかそれを言って、涙ぐんでしまったのを覚えている。どういう質問だったかは忘れてしまった。明らかな失態をさらしたにもかかわらず、ほかの試験の成績がまあまあだったらしく、商社は、来てください、待っています、と言ってくれた。しかし、結局入ったのは他に受けていたメーカーだった。ベッドに横たわる親の、遺言めいた助言に従った結果だが、その職場での経験が二十年経ったいまの仕事につながっているわけだから、ありがたいものだ。

不惑を過ぎると、惑わなくなる。迷いたくてももう迷えない。自分ができる仕事や得意なことは、もうわかっているからだ。
反対にいえば、若いうちにたくさん予備ポケットをつくっておけば、それを順番に叩いてビスケットを取り出すことも出来る。新しいポケットをさぐる余裕も、またそのうちに生まれてくるのだろうか。

陽は完全に沈み、窓は黒い鏡と化した。無数の灯に飾られた夜の底を、新幹線はいっさんに走り抜けていく。


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