東京の片隅から
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NHKの朝の連続ドラマにせよ、大河ドラマにせよ、ちょっとした違和感を感じるときがある。 過去の話なのに、登場人物の精神構造は現代、というかちょっと上の世代の人間のそれであるときだ。 自分の性別が女性だからか、特に、女性、家族関係の話になるとそれを強く感じる。 最近だと前期と今期の朝ドラ。前期の「あさが来た」の場合、戦前の「いい家」なので当然女中がおり育児などは「ねえや」の役目であったりしたわけで、その場合親子関係は今とずいぶん違うものであると思うのだが、戦後の核家族のような描かれかたをしていたりする。 また、自営業の場合、奥さん(女主人)の役目は主婦じゃなく、使用人の采配もするわけで、どちらかというと経営者的な目線だと思うのだが、そういう観点は抜けていることが多い。 これは脚本家が今の人だからというのもあるのだけど、サラリーマン家庭出身なのだろうな、とも思う。 私の実家は両親とも商店で従業員も同じ屋根の下に寝起きしていたし、特に母の実家は祖母が商売の中心だったので母は「○○のおばあさん」という人に育てられたようなものだという。その「○○のおばあさん」は遠い親戚らしいがどういうつながりなのかは母も知らず、戦後すぐのことだからおそらく戦争で自分の家族を失って遠戚である母の実家に身を寄せていたのだろう、ひょっとしたら血縁ではなく血縁者の奥さんだったかもしれないとのことだった。そんな家だから親子関係は結構ドライで、それを見聞きしていると、ドラマの湿度の高い親子関係はニセモノだなぁと強く思う。
今期の朝ドラでも、ヒロインが猪突猛進型でうっとうしいのは定型だから仕方ない(苦笑)にしても、女性が働くことに対して当時は特別に考えるものではなかったと思う。 戦前は女きょうだいしかいなければ父亡き後長女は「戸主」になるから婿を取るか家を潰して(廃家)嫁ぐかしなければ独身で一家の大黒柱になるのは当たり前であって精神的にも物理(金銭)的にも「ととねえちゃん」は特段珍しい話じゃなかったわけだ。樋口一葉とか。 戦後になって法律が変わっても人間の精神構造はさほど変わらないわけで、男手がいないからと言ってぼんやり座っていては食えないわけで、動ける者は働くのが当たり前な時代だ。 専業主婦メインの視聴者の感覚にあわせて(そして視聴者が精神的優位感を得られるように)脚本を書かねばならないとは言え、時代とのずれを強く感じる。
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