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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2000年11月16日(木) --

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『夢のかたち』その2

とりとめのない話なのですが。

先日、地方の美術館で絵を見ていた時の事です。 猫や仲間うちでも圧倒的人気の英国画家 ウォーターハウスの作品が一つありました。 それは大きな画面に室内を描いたもので、 右の窓から幾人もの男達が室内に身を乗り出しています。

陰鬱な表情の男は竪琴を手にし、 植物を冠にした若い男は薔薇の花束を差し出し、 髭を蓄えた年配の男は金の装飾品や布を持って。 室内では男達に背を向けて黒髪の娘が機を織っています。 左端には二人の女、窓から晴れ渡った青い空と白亜の建物。 タイトルは「ペネロープと求婚者」 ペネロープ。ペネロープ。聞き覚えのある美しい名。 えーとえーと、何だったっけ。 「サンダーバード」のお嬢さま。 そうだけど、そうじゃなくて。 小さなパネルに説明書きがあるので近寄ってみます。 「ホメロスの叙事詩『イーリアス』の一場面。 戦争に行った夫はもう死んだものと思われており、 『義父の経帷子を織り上げるまでは再婚しない』と宣言して 訪れる求婚者達を退けるペネロープ」 (‥‥「イーリアス」じゃなくて 「オデュッセイアー」じゃなかったっけ? 子供の頃家にあったホメロスは埃だらけの 白いハードカバーで古典調の訳のうえ旧仮名遣いで、 とても通して読めなくて部分部分しか知らないのですが) ああ、そうか、これは英雄オデュッセウスの貞淑な妻ペネロペイア。 寡婦同然の身なのに輝く様な薔薇色の衣装を着ているから驚きました。 それでも何かがひどく気になって、でもそれが何だか判りません。 何だろう。何だっけ。

美術館を出て隣の書店で本を買い込んで、 歩き疲れたので喫茶店に入りました。 アールデコ調の椅子の上でさっき買った本のなかから 「夢のかたち」を抜き出して序文を読んでから ぱらぱら拾い読みします。 澁澤氏の本は、小説以外のものは決して順番に読まないのが 学生の頃からの私の作法(?)です。

ぱら、とページをめくります。
あ。
「ペネロペイアの夢」
ホメーロス『オデュッセイア』第十九巻

ペネロペイアの飼っている20羽の鵞鳥を 夢の中で大鷲が殺してしまいます。 嘆き悲しんでいると鷲が人間の言葉で彼女を慰め、 自分は帰って来た彼女の夫で、 かくのごとく全ての求婚者に死を下してやろう、と語るのです。

天空の一画から私のテーブルの上に さっと一条の光が降り注いだような気分です。 そうだ。そうだったんだ。 好んでファム・ファタルを描くウォーターハウスが 貞節の鑑ペネロペイアを描いていたのが 妙に腑に落ちなかったのですが、 あの場面は彼女がこの「夢」を見た後だったとしたら。 窓から覗き込んでいた男達が 美しい女性に熱心に求愛する者とも思えず、 皆一様に生気を失いまるでこの世の者のように見えないのが 絵を見ている時殊に気にかかっていたのですが、 彼等が全て死せる運命の者だと ペネロペイアが知っていたからなのです。 だから彼女は厭わしげに背を屈め、 暗い視線を彷徨わせていたのです。 気高いペネロペイアは夢で夫の予言を得た時点で 彼女に近付く者は悉く命を落とす事を知る、 ウォーターハウス好みの「運命の女」になってしまったのですね。 納得納得。 さすが澁澤先生、現世を去りしともなお我が燈台。

この時誰か連れがいたら、なにやら考え込んでいた私が 突然嬉々として上に書いた様な意味不明の説明を 滔々と話すのを聞かされるはめになっていたでしょうが、 幸か不幸かその時私は一人でした。 (もっとも、連れがいたら最初から 喫茶店で本を取り出さなかったでしょうが) と、言う訳でここにこうして延々と書いてみたものの この「ペネロペイアの夢」のページを開いて目を落とした時の 私の爽快感がはたして御理解いただけるでしょうか。

それはまるで一日中心にかかっていた 明け方の夢を思い出した時のような。(ナルシア)


『言葉の標本函 夢のかたち』 著者:澁澤龍彦 / 出版社:河出文庫
『オデュッセイア 上・下』 著者:ホメロス / 出版社:岩波文庫

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