2001年05月01日(火) 記憶があいまいだけど、こんな感じ
昨日は、かな〜り酔って帰ってきました(汗)
いつもより酔ってるなぁ・・・と思いつつ飲み続けた挙句に店のソファで横になったまま小一時間ほど熟睡。頭はガンガンするし、トイレ行って吐くし、寒気はするし、あのまま路上に放置されたら間違いなく死んでたね。
で、結局ゆんの車を親友が運転してくれて、家に直行。親友二人は歩いて帰ってくれた・・・すまん・・・
でもね、飲んだのって「アルコール薄目でね♪」って頼んだカルピスのチューハイ一杯と、マスカットのチューハイ半分よ?燃費いいわ、私・・・(笑)
さて本題。Mちゃんとの問答ね。
昨日集まった友人たちにも聞いてもらったんだけど、話してるうちにMちゃんの矛盾にもいくつか気付いた。まず、彼女のやっている「先祖供養」とは因果応報って事を説いているらしい・・・。
今、自分に降りかかる悪い出来事というのはご先祖さまから積み重なってきた罪や、今まで生きてきた中で他人にかけた迷惑や罪が報いとなって返ってきているらしい。
ふむ・・・その理論は理解出来る。納得はしないが。でも、それとご先祖さまを供養することと何の関係が!?
これは今気付いたので、今度聞いておこう・・・φ(.. )メモメモ
彼女は、その報いを自分の代で止めないといけないと言った。自分の子孫に悪いことが起こらないためにも拝むのだ、と。
ゆんは、それなら子供を産まなければいい、と言った。子孫を残さないのが一番確実な方法だよ?、と。
それに、今Mちゃんが拝めば、子孫には絶対に悪いことは起きないのか?と聞くと、マシになると思う、と答えた。それなら意味がないじゃん・・・
重い病気の人が治ることもホントにある、と彼女は言った。
ゆんは、それはその人の絶対に治りたいっていう強い精神力と本来持っている治癒力のせいだと返した。Mちゃんは、そんな自分だけがよくなればいいっていう考えでは病気は治らない、と言い返してきた。自分たちは、みんなが幸せになるように祈っているのだと。
だから、それとご先祖さまを供養することに何の関係が!?
これは昨日の友達も言っていたし、ゆんも思っていたことだけど他の人も幸せにしてあげたいと言うのなら、他に方法はあるだろう。
海外青年協力隊にでも志願すればいい(ゆんは行きたかった)。街頭でもなんでも、自分の財産を削ってでも募金すればいい。ボランティアなら、いくらでも募っているだろう。
それだけ若い人が集まっているのだから、何か出来るはずだ。具体的な行動も起こさずに、自分たちはフツーの生活をして集まっては手を合わせているだけで、みんなの幸せなんて言うな。
この辺も、つっこんでみよう・・・φ(.. )メモメモ
で、ご先祖さまからの罪は置いといて・・・
今まで自分が犯した過ちのせいで今現在の苦境があるなら、それはそれで潔く受け入れて当然じゃないの?拝むことは、自分の罪の報いから逃げることじゃないの?過ちは償って当然だろ?
そう言ってみたけど、例えば罪の相手がいた場合は相手の恨みというかそういうものが作用しているのだから、それを静めないといけないらしい・・・
相手の人に、いつまでもそんな思いをさせていてはいけないらしい。自分のためではなく、相手のためらしい。ホントか?
でもさ、拝んで罪を悔い改めることは出来るだろうけど、人の怨念をフツーの人が静めることが出来るのか!?
それって、霊能者の仕事でしょ・・・これも、φ(.. )メモメモ
Mちゃんは、男性で苦労して離婚した女性の娘さん二人もやっぱり男性で苦労して離婚した、だから因果応報はあると言った。病気なんかも、ガンの家系とかあるけど、あれもそうだ、と。
いや・・・病気は遺伝の問題でしょ・・・
その離婚した娘さんのダンナさんが体が弱くて苦労したみたい、と言っていたけど、苦労と不幸は違うぞ?それに、それって健康じゃないことは不幸だし、そういう人と結婚することも不幸だっていうことだよね?
病気と必死で闘っている人たちに、あまりにも失礼だよ・・・Mちゃん、ゆんのことを失念したんだろうな(苦笑)
ご縁も見てくれると言っていた。でも、その中で結婚する人って多いでしょ?と聞くと、あるよ、だって。
確かに、考え方が同じ人と結婚するのが一番安心だろう。ましてや信仰が同じというのは強いと思う。
ただ、Mちゃんが「外の人らが何考えてるか分からへんから怖いんやと思う」と言ったときの「外の人」と言う表現が引っかかった。すぐに「外の人って言ったらあかんな」と訂正はしたけど、遅いよ。
あとね〜、地震や青少年犯罪も、みんなご先祖さまからの因縁だと彼女は言い切った。世界中の人が手を合わせたら、絶対になくなる、と自信に満ちた表情で言ってくれた・・・目が本気だった・・・そりゃ、母親から「洗脳されてる」って言われるよ(汗)
そのお母さんなんだけど、Mちゃんにはお兄ちゃんが一人いて、実はその上にも生後半年でガンで亡くなったお兄ちゃんがいたらしい。Mちゃんは、そのお兄ちゃんの写真も持ち歩いて供養しているとか。まぁ、それはいい。
でもね、そのことで、ちゃんと供養しないから悪いことが起こるとかってお母さんに言うべきことじゃないだろう・・・一番辛かったのはお母さんなんだし、一番そのお兄ちゃんのことを思い出してるのもお母さんなんだと思う。そのことだけでも充分供養にはならないのか?
・・・こう書いてみると、あんまり問答ってほどでもないな(笑)忘れたとこもあるし(笑)
でもね、Mちゃんは本気でゆんにも幸せになって欲しいのよ。それはよ〜〜〜っく伝わってきた。「一緒に出来たらいいなぁ・・・って思うねん」って大好きな友達に言われたら、いくら鬼のゆんでも冷たくできない。
それに、Mちゃんがなんでそんなにハマってしまったのか興味はある。Mちゃんを理解したい。今のMちゃんは、全く理解できないんだもん(泣)
・・・もう限界・・・眠いっす・・・[(- -)]Zzzzz
きっと補足があると思うし、訂正もあるかも(笑)思い出したら、また書くね。