[ 月刊・夢の図書館 ] * 読書特集 & ブックトーク *
夢 の 図 書 館
「知識は力なり」という金文字が図書館の入り口に掲げられている。 その横に浮かぶ巻紙を持った守護天使がこの図書館のマスコットらしい。 入り口近くのカフェでは老人たちがコンピューターチェスに興じている。旅の荷物をロッカーに預けると、私はノートを手に館内の探検に乗り出した。床には濃い色のカーペットが敷かれ、足音と疲れを心地良く吸収する。建物はそんなに大きくない。この島国出身の異端の建築家が外国の援助で建てた建物は巨大な巻き貝そっくりだ。巻き貝の中心を抜ける卵型のエレベーターは透明で、本の壁を幾重にもくぐって最上階にたどり着く。ここが閲覧室。広い机に資料の山をつくっている人も居れば、小さな書見台で満足している人も居る。私は手頃な広さの独立した机を確保し、メモを見ながら計画を立てた。時間は限られているし、実際に来て見ると想像どおりにはいかないものだ。こんな舞いあがる場所では一日は速い。 迷った末に、いくつかの伝統分野のコレクションをあきらめ、絶版になっている文学の発掘に専念することにした。いわゆる児童文学という分類はここにはなく、かすかに記憶にあるタイトルで糸をたぐっていくしかない。何十年も前に廃れた本の身元探しは、早くやるに越したことはないとわかってはいたのだが。コンピューターと機転の利くスタッフの助言のおかげで、手がかりがひとつ、またひとつと浮かんで来る。やがて、ずっと探していた幻の作家の童話全集がこの図書館に存在し、他にも貴重な外国語訳、詩集や単行本の数々が納められていることを知っていくのはエキサイティングだった。
私はカートを押して足早に本の眠るフロアへ侵入した。そこには子供のころ学校の図書館で見たよりも少しきれいな作家の全集が実体となって並んでいた。読んだことのない作品のほうが多かった。雨の降る午後、部屋でひとり読んでいた本のにおいがよみがえる。ここ10年、借り出された形跡はない。忘れられた作家。エンデやケストナー、無数のアリスたちに別れを告げ、黄金時代の夢を自ら創り出すことに熱中した孤高の人。午後が終わるころ、閲覧室の隅で丸くなっている私のなかに希望が芽を出した。
今後10年の仕事を見つけたのだ。 作家の世界は新しい時代に復権する価値があった。 私の出版社はこれを栄誉と思うだろう。
by お天気猫や
2001年04月04日(水)
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