昨日の昼間のこと、いつものようにウォーキングをしていると、前のほうからやってきた自転車が二台、ぼくの横で止まった。 どちらの自転車にも乗っていたのは白人だった。
「スミマセーン」 と言いながら、二人はぼくに握手を求めた。 いちおう握手に応じると、一人の白人が、 「私タチ、コウイウ者デース」 と言って、もう一人の白人の胸を指さした。 そこにはネームプレートがついていた。 見ると、『キリスト教○○教会…』と書いている。 なるほど。ということは、彼らはキリスト教の布教のために日本にやってきた宣教師である。
「何か用ですか?」 「話ヲサセテクダサーイ」 「話?私は仏教徒ですよ」 「構イマセーン」 「別に話すことはないですよ」 「チョットデイイデース」 「いや、いいです。では…」 そう言ってぼくは、合掌してその場を去った。
中学1年の時に、街でモルモン教徒を話をしたことがことがあるのだが、宣教師と話をするのはそれ以来である。 しかし、今は仏教徒と言ってもダメなのか。 「八幡神社の氏子です」と言ってもダメそうだったので、仏教徒を名乗ったのだが、それが通用しないとなると、次の対策を練っておかねばならない。 何せ、ぼくが新しく追加したウィーキングコースの中に、その宣教師が滞在しているだろう教会があるので、遭遇する確率は高い。
ということで、今度は神社の御守りを見せびらかしてみようかと思っている。 前に「外国の宣教師の中には、神社を悪魔の館と思っている人がいる」というようなことを書いているのを読んだことがあるからだ。 「うちは浄土真宗ですから」と言うよりは、効果があるのではないだろうか。 あ、そうだ!ニンニクを投げつけるのもいいかもしれん。
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