昼間、店長の声で、変な店内放送が入った。 「お車ナンバー北九州…でお来しのお客様、至急お車までお戻り下さい。ぶつかってます」 というものだった。 ちょうどぼくが、休憩室でジュースを飲んでいる時だった。 ぼくはそれを聞いて「何かあったんかなあ」とは思ったが、あまり気にならなかった。 ジュースを飲み終わった後、売場に戻ってみると、テナントの子が「しんたさん、見ましたか?」と言う。 「何を?」 「えっ、駐車場ですよ」 「ああ、さっきの店内放送のこと?」 「ええ。すごいことになってますよ」
それを聞いて、さっそくぼくは駐車場に行ってみた。 しかし、すごいというほどの光景は、そこにはなかった。 そこで、そこにいた隣の店の人間に「何かあったと?」と聞いてみた。 「あれですよ」 そう言って、その人は向こう側の駐車場を指さした。 うちの店の駐車場は、店側に一列と、道路側に一列駐められるようになっている。 向こう側というのは、道路側のことである。
見てみると、軽のワゴンの後ろに、普通車が駐まっている。 「あれ?」 「ええ、あれです」 「えっ?」 ぼくには「あれ」のどこがすごいのか、すぐにはわからなかった。
その間には、2台の車が離合できるくらいの道路(私道)がある。 「あれ」に駐まっている車をよく見てみると、後ろの普通車がその道路にはみ出している。 『えっ…』 何となく事態がわかってきた。 そこで先ほどの人に、 「ねえ、あの車ぶつかっとると?」と聞いてみた。 「そうですよ」 「もしかして、あの後ろの普通車、最初店側に駐まっとったと?」 「はい」 「もしかして、あの普通車はミッション?」 「そうです」 「そうか。ようやくわかった」
その普通車は、最初、店側の駐車場に駐めていた。 ところが、運転手はシフトレバーをニュートラルにし、さらに悪いことにサイドブレーキをかけ忘れて降りてしまった。 駐車場は道路側に若干傾斜しているいたため、そのまま車は前に移動していき、道路側に駐めていた軽のワゴンに突っ込んだというわけだ。
店長が店内放送を流してから、10分以上経っても普通車の持ち主は現れなかった。 一方の軽のワゴンの持ち主は女性だった。 配達の途中とかで、車が出せないと言って困っていた。 他の人も同情してか、「普通車の運ちゃんは何をしよるんか!」と言って怒っていた。
そして、店内放送を流して30分を過ぎた頃、普通車の持ち主が買物を終えて戻ってきた。 老夫婦だった。 二人は最初に駐めていたところに車がなかったので、びっくりしていた様子だった。 ふと前を見ると、向こう側の駐車場に自分の車があるのを見つけた。 慌てて走っていった。
そこで軽の持ち主とやりとりをしていたようだ。 後で聞いた話に、ぼくは思わず笑ってしまった。 普通車の持ち主であるじいさんは、 「おれはちゃんとサイドブレーキを引いていた。こんなことは初めてだ」と言ったという。 ところが、その直後にばあさんが、 「あんた、またやったんね」と言ったそうだ。
しかし、車が移動している時、よく通行している車がなかったものだ。 もし通行している車に当たっていたら、こんな笑い話ですまなかったかもしれない。
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